三菱商事(8058)は2025年8月27日、秋田県と千葉県の3海域で進めていた国内洋上風力発電事業の開発中止を正式に発表しました。2021年の第1ラウンド公募では3海域をすべて落札し、日本の洋上風力をけん引する存在とみられていただけに、撤退は大きな注目を集めました。
撤退理由は「安い価格で落札しすぎたから」だけではありません。公募後にインフレ、円安、金利上昇、サプライチェーン逼迫が重なり、経済産業省の事後検証では風車調達費用と洋上・陸上工事費用がいずれも公募時の見込みから2倍以上へ膨らんだと整理されています。三菱商事は2025年3月期までに国内洋上風力関連で524億円の減損等(資産の価値が下がった分を損失として計上する会計処理)を計上しており、撤退時の追加損失は限定的と説明しています。
※本文は2026年9月4日時点で確認できる三菱商事の公式発表・経済産業省資料を基準にしています。
▼公式サイトはこちら三菱商事はなぜ洋上風力から撤退した?

結論からいえば、事業開始前の想定を大きく上回るコスト上昇によって、収入を増やす対策を講じても採算を確保できる事業計画を作れなくなったためです。三菱商事は2025年2月から事業性をゼロベースで再評価し、風車メーカーや工法、工程、収入面などを見直しましたが、2025年8月に3海域すべての開発中止を決めました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 撤退発表 | 2025年8月27日 |
| 対象 | 秋田県2海域+千葉県銚子市沖の計3海域 |
| 主な理由 | インフレ、円安、金利上昇、サプライチェーン逼迫、工事条件悪化 |
| 2024年度の損失 | 国内洋上風力発電事業における減損等524億円 |
| 撤退時の会社見通し | 損失の大部分は過年度に計上済み。追加損失は限定的 |
撤退時点で突然524億円の損失が発生したわけではありません。三菱商事は2025年2月の3Q決算ですでに522億円の減損等を計上し、将来の採算悪化を財務諸表へ反映していました。
三菱商事が撤退した洋上風力発電事業とは?
三菱商事を中心とするコンソーシアム(共同事業体)が撤退したのは、国が一般海域で実施した洋上風力の第1ラウンド公募で選定された3案件です。2021年12月に三菱商事を中心とするコンソーシアムが3海域すべての事業者に選ばれました。
| 海域 | 選定時の発電規模 | 供給価格 |
|---|---|---|
| 秋田県能代市・三種町・男鹿市沖 | 47.88万kW | 13.26円/kWh |
| 秋田県由利本荘市沖 | 81.9万kW | 11.99円/kWh |
| 千葉県銚子市沖 | 39.06万kW | 16.49円/kWh |
| 合計 | 約168.84万kW | - |
供給価格とは、発電した電気を売る際の価格として事業者が公募で提示した水準です。表は2021年12月の事業者選定時点の公表値です。その後、風車機種や計画変更に伴って発電規模は変更されており、撤退前の政府資料では3海域合計151.5万kWとなっています。
特に由利本荘市沖の11.99円/kWhは、当時として非常に低い水準でした。3海域とも他陣営より低い価格を提示し、三菱商事連合が第1ラウンドを総取りしたことから、後に「安値で取りすぎたのではないか」という議論につながります。
洋上風力が採算割れになった5つの理由
① インフレで資材・設備価格が上昇
公募開始は2020年11月です。その後、コロナ禍からの需要回復やウクライナ危機などを背景に世界的なインフレが進みました。洋上風力は風車本体だけでなく、基礎構造物、海底ケーブル、変電設備など大量の資材を使うため、物価上昇の影響を受けやすい事業です。
② 円安で輸入設備のコストが増えた
大型風車などの主要部品は欧州を含む海外サプライチェーンへの依存度が高く、円安になるほど円換算の調達費用が増えます。経産省の事後検証でも、USD/JPYやEUR/JPYの上昇が建設コストを押し上げた要因として整理されています。
③ 金利上昇で資金調達コストが増加
洋上風力は建設前に巨額の資金が必要になる長期プロジェクトです。借入金利が上がれば、発電所が稼働するまでの資金コストや事業期間全体の金融費用が膨らみます。低金利を前提に作られた採算計画ほど、金利上昇の影響を受けます。
④ 風車・特殊施工船の供給が逼迫
世界で洋上風力案件が増える一方、風車メーカーの製造枠や特殊施工船の供給には限界があります。経産省は風車メーカーの製造可能枠の逼迫や、特殊施工船の需給逼迫をコスト上昇要因として挙げています。
⑤ 地盤条件や施工リソースの問題も判明
事業者選定後の調査によって複雑な海底地盤が判明したほか、陸上工事を担当する電気工事会社の施工リソースも逼迫しました。単なる世界的インフレだけでなく、プロジェクト固有の施工条件もコストを押し上げています。
建設費はどれくらい上がった?
撤退後に経済産業省が行った三菱商事へのヒアリングでは、コスト上昇の大きさが具体化しました。
| コスト項目 | 公募時の見込みとの比較 |
|---|---|
| 風車調達費用 | 2倍以上 |
| 洋上工事費用 | 2倍以上 |
| 陸上工事費用 | 2倍以上 |
三菱商事は風車メーカーの変更、工法の見直し、工程短縮などコスト面の対策を検討しました。収入面でも事業期間の延長やFIP制度(発電した電気を市場価格で売り、一定のプレミアムを上乗せして受け取る国の支援制度)を利用した売電などを検討したと報じられています。それでも、事業期間を通じた総売電収入より、保守・運転費を含む総支出の方が大きい状態を解消できず、実行可能な事業計画を作れないと判断しました。
安すぎる価格で落札したことも撤退原因?
低い供給価格によってコスト上昇を吸収する余地が小さかったことは、撤退を考えるうえで重要な要素です。ただし、「三菱商事が安値で落札したことだけが原因」と説明すると実態を単純化しすぎます。
三菱商事は3海域を低価格で落札した
第1ラウンドでは価格点が240点満点のうち120点を占め、低い供給価格を提示することが選定結果に大きく影響する仕組みでした。三菱商事連合は3海域で11.99〜16.49円/kWhという低い供給価格を提示しました。固定された売電価格に対して建設費が大幅に上がれば、当然ながら利益余地は急速に縮みます。
公募後の環境変化は当初想定を大きく超えた
公募から撤退までの約5年間には、パンデミック、ウクライナ危機、急激な円安、世界的なインフレ、金利上昇が重なりました。さらに風車・施工船の供給制約や地盤条件も加わっています。落札時の価格設定だけでは説明できない変化です。
国も第1ラウンドの制度を検証した
撤退後、経産省は第1ラウンドの評価基準と事業計画、公募後の事業環境変化を検証しました。その後、事業完遂可能性をより重視する方向で制度の見直しを進め、2026年6月には「一般海域における占用公募制度の運用指針」を改訂しています。事業者側だけでなく制度側にも改善すべき論点があったといえます。
三菱商事はいくら損した?
三菱商事が公式決算資料で示した国内洋上風力発電事業の減損等は、2025年3月期に合計524億円です。
| 時期 | 国内洋上風力発電事業における減損等 |
|---|---|
| 2025年3月期 第3四半期 | ▲522億円 |
| 同 第4四半期 | ▲2億円 |
| 2025年3月期 合計 | ▲524億円 |
2025年2月に事業性再評価を公表した段階で522億円を計上し、通期ではさらに2億円を加えて524億円となりました。2025年8月の撤退決定によって524億円が新たに発生したわけではありません。撤退発表時に会社が「本件に関する損失は過年度に大部分を計上済み」と説明したのはこのためです。
なお、この524億円は三菱商事の連結純利益に対する影響額として決算資料に示された「減損等」です。プロジェクト全体で過去に投じた現金支出や、コンソーシアム他社の損失をすべて合計した金額という意味ではありません。
洋上風力撤退の違約金は200億円?
洋上風力撤退の「違約金」として約200億円という数字が取り上げられることがありますが、厳密には事業撤退に伴い没収される保証金です。
約200億円の保証金が没収される
三菱商事や、中部電力グループのシーテックなどで構成するコンソーシアムは、プロジェクト会社を通じて保証金を積み立てていました。撤退に伴ってプロジェクト会社側で約200億円の保証金が没収されると報じられています。
524億円に200億円を足すのは誤り
524億円+約200億円=約724億円を三菱商事の撤退による損失と単純に考えることはできません。約200億円はコンソーシアム/プロジェクト会社側の保証金総額であり、三菱商事単体が全額を負担するという意味ではありません。
報道によると、三菱商事に帰属する保証金の損失分は、2025年3月期に計上した524億円の減損等に含まれているとされています。そのため、2025年8月の撤退時点で約200億円全額が三菱商事の追加損失として新たに発生したと捉えることはできません。撤退時に会社が追加損失を限定的と見込んでいたこととも整合します。
洋上風力撤退で三菱商事の株価は下がった?
| 日付 | 終値 | 前日比 | 主な状況 |
|---|---|---|---|
| 2025年8月26日 | 3,263円 | ▲0.82% | 撤退報道に対し会社が「決定事実なし」と開示 |
| 8月27日 | 3,251円 | ▲0.37% | 取引終了後に3海域の開発中止を正式発表 |
| 8月28日 | 3,311円 | +1.85% | 撤退正式発表の翌営業日 |
正式な撤退発表は2025年8月27日の取引終了後でした。8月28日の株価は1.85%上昇しましたが、同日にはバークシャー・ハサウェイ傘下企業の保有比率上昇に関する開示もありました。そのため、撤退発表だけに対する株価反応を切り分けることはできません。ただし、正式撤退翌日に株価が急落しなかったこと自体は確認できます。
撤退は今後の三菱商事の業績に影響する?
追加損失リスクは以前より小さくなった
撤退によって、事業継続に伴う追加投資や将来の営業損失が膨らむリスクを抑えられます。2026年3月期の電力ソリューション事業では、前年度に計上した国内洋上風力減損の反動も利益改善要因になりました。
一方で将来の洋上風力収益も得られなくなる
一方で、3案件が予定どおり稼働していれば将来得られた可能性のある売電収入や、国内洋上風力で培うはずだった事業基盤も失います。地元や政策当局との信頼関係、国内再エネ戦略への影響も無視できません。
三菱商事全体では他事業の影響の方が大きい
三菱商事は金属資源、LNG、自動車、食品、インフラなど多数の事業を持つ総合商社です。2027年3月期の親会社所有者帰属利益は1兆1,000億円を予想しています。今後の株価を考えるうえでは、国内洋上風力の追加損失だけでなく、資源価格、為替、主要事業の利益、成長投資、株主還元を合わせて見る必要があります。
▼公式サイトはこちら三菱商事は洋上風力事業そのものから撤退した?
三菱商事が撤退したのは、国内第1ラウンドで選定された秋田・千葉の3海域です。「三菱商事が洋上風力や再生可能エネルギーから全面撤退した」という意味ではありません。
撤退リリースでも三菱商事は、洋上風力を含む再生可能エネルギーを日本にとって重要な電源とする認識に変わりはないと説明しています。現在も欧州を中心に洋上風力発電事業を運営しています。
今後は、「洋上風力をやるかやらないか」ではなく、事業環境や契約条件を踏まえて採算を確保できる案件を選別する姿勢が強まると見られます。
三菱商事の撤退で日本の洋上風力はどうなった?
撤退原因を国が事後検証した
三菱商事の撤退後、経済産業省と国土交通省は合同会議で三菱商事へのヒアリングを行い、第1ラウンドの評価基準、事業計画、公募後のコスト上昇などを検証しました。風車・工事費が2倍以上になったという数字も、この事後検証で公表されたものです。
2026年6月に公募制度を改定
2026年6月5日、経産省と国交省は「一般海域における占用公募制度の運用指針」を改訂しました。背景として、秋田・千葉3海域の開発中止で、これまでの公募時には顕在化していなかった事業環境の課題が明らかになったことを挙げています。今後は事業を実際に完遂できる計画をより重視する方向です。
3海域は再公募の対象になる
政府は撤退した3海域を再公募する方針を示しており、2026年6月に改定された制度も第1ラウンド3海域の再公募を含む今後の公募に適用されます。2026年9月時点では具体的な公募条件やスケジュールは今後詰められる段階です。三菱商事の撤退が一企業の損失にとどまらず、日本の洋上風力公募制度そのものを見直すきっかけになった点は重要です。
洋上風力撤退は三菱商事株を売るほどの悪材料?
洋上風力撤退だけを理由に三菱商事株を判断することはできません。撤退はプロジェクトの失敗であり、将来の成長機会を失ったというマイナス面があります。一方で、524億円の減損等は撤退前に大部分を処理済みで、採算の取れない案件へ追加資金を投じ続けるリスクも抑えられました。
今後の投資判断で確認したいのは、次の3点です。
- 洋上風力関連で新たな大規模損失が発生しないか
- 撤退によって浮いた経営資源を、より高い収益性が見込める案件へ再配分できるか
- 2027年3月期の1兆1,000億円利益計画に沿って、全社のキャッシュ創出力が計画どおり伸びるか
今後の投資判断では、撤退後の経営資源をどこへ再配分し、利益とキャッシュフローを伸ばせるかが重要です。
まとめ|524億円の減損等を計上し、不採算化した国内3案件から撤退
三菱商事が国内3海域の洋上風力から撤退した最大の理由は、公募後の事業環境変化によって建設費が大幅に膨らみ、採算を確保できなくなったことです。経産省の事後検証では、風車調達費用、洋上工事費用、陸上工事費用がいずれも公募時の見込みから2倍以上へ増えたとされています。
2025年3月期には国内洋上風力関連で524億円の減損等を計上しました。撤退に伴ってプロジェクト会社側で約200億円の保証金が没収されると報じられていますが、三菱商事に帰属する保証金の損失分は、この524億円の減損等に含まれているとされています。約200億円全額を三菱商事の追加損失として足し合わせることはできません。
撤退翌日の株価は1.85%上昇しており、少なくとも正式撤退が新たな巨額損失として売り込まれたわけではありません。今後は洋上風力案件そのものより、撤退後の資本再配分、全社利益、キャッシュフロー、株主還元を見ることが三菱商事株の判断では重要です。
▼公式サイトはこちら出典
三菱商事「国内洋上風力発電事業に係る事業性再評価の結果について」
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2025/20250827002.html
三菱商事「国内洋上風力発電事業に係る事業性再評価についてのお知らせ」
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2025/20250203002.html
三菱商事「2024年度決算及び2025年度見通し」
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/ir/library/meetings/pdf/250502/20250502j.pdf
経済産業省「第1ラウンド事業からの撤退の要因分析等」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/yojo_furyoku/pdf/038_02_00.pdf
経済産業省「一般海域における占用公募制度の運用指針を改訂しました」
https://www.meti.go.jp/press/2026/06/20260605004/20260605004.html
経済産業省「再エネ主力電源化に向けた今後の再生可能エネルギー政策について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saiene_shuryoku/pdf/001_03_00.pdf
三菱商事「千葉県銚子市沖における洋上風力発電事業者への選定について」
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2021/0000048356.html
Business Insider Japan「三菱商事、洋上風力撤退の波紋。後発の伊藤忠、丸紅は『コスト織り込み済み』」
https://www.businessinsider.jp/article/2508-mitsubishi-corporation-windpower-withdrawing
IRBANK「三菱商事(8058)IR情報・株価」
https://irbank.net/8058/ir?y=2025-10-29
三菱商事「2026年度第1四半期 決算公表」
https://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/news/release/2026/20260803001.html
三菱商事「こんなところに三菱商事」
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