第一三共の2025年3月期決算は、主力のがん治療薬「エンハーツ」の力強い成長に牽引され、売上収益・利益ともに過去最高を更新しました。
前期に続き大幅な増収増益を達成し、株主への還元も積極的に行っています。
本記事では、公開された決算資料をもとに、第一三共の2025年3月期の業績、セグメント別の状況、財務内容、そして今後の戦略や株価への影響について、詳しく解説していきます。
第一三共の2025年3月期における連結決算の振り返り
第一三共の2025年3月期(2024年4月1日〜2025年3月31日)の連結決算は、売上収益が1兆8,863億円(前期比17.8%増)、親会社の所有者に帰属する当期利益が2,958億円(前期比47.3%増)となり、大幅な増収増益を達成しました。
項目 | 2024年3月期 (前期) | 2025年3月期 (当期) | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 1兆6,017億円 | 1兆8,863億円 | +17.8% |
コア営業利益 | 1,953億円 | 3,128億円 | +60.2% |
営業利益 | 2,116億円 | 3,319億円 | +56.9% |
税引前利益 | 2,372億円 | 3,556億円 | +49.9% |
親会社の所有者に帰属する 当期利益 | 2,007億円 | 2,958億円 | +47.3% |
この好調な業績の主な要因は、グローバルで展開する抗HER2抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」の売上が大幅に伸長したことです。
これに加え、抗凝固剤「リクシアナ」などの主力品も堅調に推移しました。
また、円安の進行も売上収益を513億円押し上げる要因となりました。
利益面では、増収に伴う売上総利益の増加に加え、製品構成の変化による原価率の改善が寄与し、コア営業利益は前期比60.2%増の3,128億円と大きく伸びています。
第一三共の2025年3月期セグメント別の業績
同社は報告セグメントを「医薬事業」の単一セグメントとしていますが、事業管理の区分としてビジネスユニット別の売上収益を開示しています。
ビジネスユニット | 2024年3月期 (前期) | 2025年3月期 (当期) | 増減額 |
---|---|---|---|
ジャパンビジネスユニット | 5,189億円 | 4,769億円 | -420億円 |
第一三共ヘルスケアユニット | 760億円 | 867億円 | +107億円 |
オンコロジービジネスユニット | 3,346億円 | 4,638億円 | +1,292億円 |
アメリカンリージェントユニット | 2,034億円 | 2,172億円 | +138億円 |
EUスペシャルティビジネスユニット | 1,892億円 | 2,374億円 | +482億円 |
ASCAビジネスユニット | 1,841億円 | 2,112億円 | +272億円 |
ジャパンビジネスユニット
国内の医療用医薬品事業とワクチン事業を含みます。売上収益は4,769億円(前期比8.1%減)となりました。
第一三共ヘルスケアユニット
一般用医薬品などを手掛けるユニットです。
「マイティア」や「ロキソニン」などの主力品が伸長し、売上収益は867億円(前期比14.1%増)と好調でした。
オンコロジービジネスユニット
米国と欧州のがん製品事業を担当しています。
売上収益は4,638億円(前期比38.6%増)と大幅な増収を達成しました。
この成長は、欧米市場における「エンハーツ」の力強い売上拡大によるものです。
アメリカンリージェントユニット
米国のジェネリック注射剤などを扱っています。
ジェネリック注射剤等の増収により、売上収益は2,172億円(前期比6.8%増)となりました。
EUスペシャルティビジネスユニット
欧州のがん製品以外の事業を担当しています。
「リクシアナ」や高コレステロール血症治療剤「Nilemdo/Nustendi」が売上を伸ばし、売上収益は2,374億円(前期比25.5%増)と大幅に増加しました。
ASCAビジネスユニット
アジア、南米、中米地域を担当しています。
ブラジルでの「エンハーツ」の伸長などが寄与し、売上収益は2,112億円(前期比14.8%増)となりました。
第一三共の2025年3月期末財務状況について
2025年3月期末の財務状況は以下の通りです。
項目 | 2024年3月31日 | 2025年3月31日 |
---|---|---|
資産合計 | 3兆4,611億円 | 3兆4,561億円 |
負債合計 | 1兆8,327億円 | 1兆8,327億円 |
資本合計 | 1兆6,886億円 | 1兆6,234億円 |
親会社所有者帰属 持分比率 | 48.8% | 47.0% |
1株当たり 親会社所有者帰属持分 | 880.40円 | 869.69円 |
資産合計は、営業債権や棚卸資産が増加した一方で、その他の金融資産が減少したことなどから、前期末比で50億円の微減となりました。
負債合計は、契約負債の増加などにより、前期末比で602億円増加しました。
資本合計は、当期利益の計上があったものの、配当金の支払いや大規模な自己株式の取得(約2,461億円)により、前期末比で652億円減少しました。
この結果、親会社所有者帰属持分比率(自己資本比率)は47.0%となり、前期末から1.8ポイント低下しました。
キャッシュフローの状況
当期のキャッシュフローの状況は以下の通りです。
項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
---|---|---|
営業活動による キャッシュ・フロー | 5,993億円の収入 | 538億円の収入 |
投資活動による キャッシュ・フロー | 2,826億円の支出 | 3,342億円の収入 |
財務活動による キャッシュ・フロー | 1,236億円の支出 | 3,778億円の支出 |
現金及び現金同等物 期末残高 | 6,472億円 | 6,398億円 |
- 営業活動によるキャッシュ・フロー
税引前利益3,556億円に加え、戦略的提携に伴う契約一時金の収入などがあり、538億円の収入(プラス)となりました。 - 投資活動によるキャッシュ・フロー
設備投資などによる支出があった一方、定期預金の払戻収入などが上回り、3,342億円の収入(プラス)となりました。 - 財務活動によるキャッシュ・フロー
配当金の支払いや自己株式の取得(約2,461億円)が主な要因で、3,778億円の支出(マイナス)となりました。
主要財務指標(ROEなど)
収益性や効率性を示す主要な財務指標は以下の通りです。
- 親会社所有者帰属持分当期利益率(ROE): 17.9%(前期 12.8%)
- 資産合計税引前利益率(ROA): 10.3%(前期 7.9%)
- 売上収益営業利益率: 17.6%(前期 13.2%)
利益の大幅な増加に伴い、ROE、ROA、営業利益率のいずれも前期から大きく改善しました。
ROEは、中期経営計画の目標である16%以上を達成しています。
第一三共の株主還元について
第一三共は、持続的な企業価値向上のため、成長投資と株主への利益還元を総合的に勘案する方針を掲げています。
第5期中期経営計画(2021〜2025年度)では、利益成長に応じた増配と機動的な自己株式取得による株主還元の充実を目指しています。
配当金の状況
業績が好調に推移していることを受け、2025年3月期の年間配当金は、前期から10円増配の1株当たり60円(中間30円、期末30円)となりました。
さらに、2026年3月期(次期)の年間配当金は、18円増配の78円(中間39円、期末39円)と、さらなる増配を予想しています。
これにより、2022年3月期から5期連続の増配となる見込みです。
配当性向(連結)は、2025年3月期で38.5%、2026年3月期の予想では48.5%となっています。
自社株買いの発表はあった?
第一三共は、株主還元の強化と資本効率の向上を目的として、機動的な自己株式取得を継続しています。
2025年3月期中には、2回にわたる自己株式取得を実施しました。
- 2024年4月〜2025年1月: 取得総額2,000億円、取得株数3,871万株
- 2025年3月〜2025年4月: 取得総額500億円、取得株数1,397万株
さらに、2025年4月25日の取締役会において、新たな自己株式取得枠の設定を決議しました。
- 取得対象株式: 当社普通株式
- 取得しうる株式の総数: 8,000万株(上限)
発行済株式総数(自己株式を除く)に対する割合:4.29% - 取得価額の総額: 2,000億円(上限)
- 取得期間: 2025年5月1日から2026年3月24日まで
前期に引き続き、大規模な株主還元策を打ち出しており、株主を重視する姿勢が鮮明になっています。
第一三共の今期の見通しと戦略について
2026年3月期(今期)の連結業績は、売上収益2兆円(前期比6.0%増)、コア営業利益3,500億円(前期比11.9%増)、親会社の所有者に帰属する当期利益3,000億円(前期比1.4%増)と、引き続き増収増益を見込んでいます。
売上収益は、引き続き「エンハーツ」の伸長や、アストラゼネカ社・米国メルク社との戦略的提携に係るマイルストン収入の増加などを見込んでおり、初めて2兆円の大台に乗る計画です。
為替レートは1米ドル140円、1ユーロ160円を前提としています。
5DXd ADC戦略とがん領域の成長
同社の成長戦略の核となるのが「5DXd ADCs and Next Wave」戦略です。
これは、同社独自のADC(抗体薬物複合体)技術である「DXd ADC」を用いた5つの医薬品(エンハーツ、ダトロウェイ、HER3-DXd、I-DXd、R-DXd)の製品価値最大化にリソースを集中するものです。
2025年度のがん領域の売上収益は9,000億円を見込んでおり、そのうち「エンハーツ」が7,615億円を占める計画です。
ダトロウェイの開発戦略変更などによる一部計画の修正はあったものの、エンハーツの力強い成長ががん領域全体を牽引する構図です。
研究開発の動向と投資
持続的成長の実現に向け、研究開発への投資も積極的に行います。
2025年度の研究開発費は、5DXd ADCを中心とする投資の増加などにより、約4,550億円を見込んでいます。
今後は、エンハーツのHER2陽性乳がんの早期ラインへの適用拡大(DESTINY-Breast09試験)や、非小細胞肺がんを対象とした新たな臨床試験(DESTINY-Lung06)などを計画しており、製品価値の最大化を目指します。
決算内容や今期の見通しで、第一三共の株価はどうなる?
今回の決算発表と今後の見通しは、第一三共の株価に多角的な影響を与える可能性があります。
株価にポジティブな影響を与える要因
- 力強い業績と成長見通し
2025年3月期の大幅な増収増益と、2026年3月期の増収増益見通し(売上収益2兆円達成)は、市場の期待を上回る可能性があり、株価にとって強い追い風となります。 - 「エンハーツ」の圧倒的な成長性
グローバルでの売上拡大が続き、HER2低発現や超低発現といった新たな乳がんの分類を開拓するなど、適応拡大も順調に進んでいます。
エンハーツの成功が続く限り、同社の成長ストーリーへの信頼は高まります。 - ADCパイプラインの価値
エンハーツに続く「ダトロウェイ」が日米欧で承認され、さらに3つのDXd ADCが控えています。
アストラゼネカや米国メルクとの強固な提携関係も、開発・販売の両面でリスクを低減し、価値を最大化する上でプラスに働きます。 - 積極的な株主還元策
5期連続となる大幅な増配予想と、2,000億円規模の新たな自己株式取得枠の設定は、株主への利益還元を重視する姿勢の表れであり、投資家からの評価を高める要因です。
中期経営計画で掲げるDOE(株主資本配当率)8.5%以上という高い目標も心強い材料です。
株価にネガティブな影響を与える要因
- 開発・競争リスク
がん領域、特にADC市場は競争が激化しています。一部のパイプライン(ダトロウェイの肺がん開発戦略変更、HER3-DXdの承認審査遅延)で見られたように、臨床試験の結果や当局の審査次第では、期待されていた収益計画に遅れが生じるリスクがあります。 - 為替変動リスク
業績予想は1ドル140円を前提としており、前期実績の152.57円に比べて円高です。
予想以上の円高が進行した場合、海外売上比率の高い同社にとって、業績の下振れ要因となります。
実際に2025年度予想では、為替影響だけで約750億円の減収影響が見込まれています。 - 高水準の研究開発費
将来の成長に不可欠な投資ですが、年間4,500億円を超える研究開発費は、短期的には利益を圧迫する要因ともなり得ます。
決算から分かる第一三共の強みは?
今回の決算は、第一三共の複数の強みを浮き彫りにしました。
独自のADC技術「DXd ADCプラットフォーム」
エンハーツの空前の成功は、同社独自のADC技術プラットフォームの優位性を証明しました。
この成功体験を基に、エンハーツに続く5つのDXd ADCをパイプラインに揃え、フランチャイズとして展開する戦略は、他社にはない明確な強みです。
がん領域における卓越した開発力と提携戦略
自社での高い研究開発能力に加え、アストラゼネカや米国メルクといったグローバルなメガファーマと大型の戦略的提携を成功させています。
これにより、巨額の開発費を分担し、グローバルでの販売網を確保することで、リスクをコントロールしながらリターンを最大化する巧みな経営戦略が見て取れます。
財務健全性と株主還元の両立
高水準の研究開発投資や設備投資を継続しながら、大幅な増配と大規模な自己株式取得を同時に実現できる財務体力は、大きな強みです。
将来への投資と現在の株主への還元という、二つの重要な課題を高いレベルで両立させています。
まとめ
第一三共の2025年3月期決算は、「エンハーツ」というメガヒット製品を原動力に、企業が力強く成長する姿を明確に示しました。
売上収益は2兆円の大台に乗り、利益も過去最高を更新する見通しです。
その背景には、「DXd ADC」という独自の技術力と、それをグローバルで最大化するための巧みな提携戦略があります。
今後の課題は、エンハーツに続くADCパイプラインを確実に成功させ、持続的な成長軌道を維持することです。
積極的な株主還元策と合わせて、第一三共が「がん領域に強みを持つ先進的グローバル創薬企業」へと飛躍していく過程が、今回の決算から強くうかがえました。
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