武田薬品工業株式会社が2025年5月8日に発表した2025年3月期(2024年度)の決算は、売上収益が前期比で増加し、営業利益も大幅に伸長するなど、力強い成長を示す内容となりました。
後発医薬品の影響を受けつつも、成長を牽引する製品群が好調に推移し、研究開発の進展も見られました。
この記事では、武田薬品工業の2025年3月期の決算内容を、連結決算、セグメント(ビジネスエリア)別業績、財務状況、株主還元など、さまざまな角度から詳しく解説します。
さらに、来期の見通しや株価への影響、そして決算から見える同社の強みについても掘り下げていきます。
武田薬品工業の2025年3月期における連結決算の振り返り
2025年3月期の連結決算は、売上収益が4兆5,816億円(前期比7.5%増)、営業利益が3,426億円(前期比60.0%増)となり、増収大幅増益を達成しました。
一方で、親会社の所有者に帰属する当期利益は1,079億円(前期比25.1%減)となりました。
項目 | 2024年3月期実績 | 2025年3月期実績 | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 4兆2,638億円 | 4兆5,816億円 | +7.5% |
営業利益 | 2,141億円 | 3,426億円 | +60.0% |
税引前利益 | 528億円 | 1,751億円 | +231.7% |
親会社の所有者に帰属する 当期利益 | 1,441億円 | 1,079億円 | △25.1% |
増収の主な要因は、為替相場が円安に推移したことに加え、消化器系疾患やオンコロジー(がん)領域などの主要ビジネスエリアが好調だったことです。
特に「成長製品・新製品」と位置づけられる製品群が全体の成長を力強く牽引しました。
営業利益が大幅に増加したのは、製品に係る無形資産の減損損失が前年度に比べて減少したことなどが主な理由です。
武田薬品工業の2025年3月期におけるセグメント別の業績
武田薬品工業は医薬品事業の単一セグメントですが、事業内容を6つの主要なビジネスエリアに分けて業績を開示しています。
2025年3月期は、ニューロサイエンス(神経精神疾患)を除く5つのエリアで増収を達成しました。
ビジネスエリア | 2024年3月期 売上収益 | 2025年3月期 売上収益 | 前期比 |
---|---|---|---|
消化器系疾患 | 1兆2,162億円 | 1兆3,570億円 | +11.6% |
希少疾患 | 6,884億円 | 7,528億円 | +9.4% |
血漿分画製剤 | 9,037億円 | 1兆327億円 | +14.3% |
オンコロジー(がん) | 4,624億円 | 5,604億円 | +21.2% |
ワクチン | 504億円 | 554億円 | +10.0% |
ニューロサイエンス | 6,270億円 | 5,658億円 | △9.8% |
その他 | 3,157億円 | 2,574億円 | △18.5% |
合計 | 4兆2,638億円 | 4兆5,816億円 | +7.5% |
消化器系疾患
売上収益は1兆3,570億円(前期比11.6%増)となりました。
主力製品である潰瘍性大腸炎・クローン病治療剤「ENTYVIO(エンタイビオ)」が、米国や欧州での皮下注射製剤の継続的な使用拡大により、売上9,141億円(前期比14.1%増)と好調に推移しました。
希少疾患
売上収益は7,528億円(前期比9.4%増)でした。
遺伝性血管性浮腫治療剤「タクザイロ」が米国、欧州、カナダでの需要増加により売上2,232億円(前期比24.9%増)と大きく貢献しました。
一方で、血友病A治療剤「アドベイト」は競争激化により減収となりました。
血漿分画製剤
売上収益は1兆327億円(前期比14.3%増)と、1兆円を超える規模に成長しました。
免疫グロブリン製剤がグローバルでの旺盛な需要と供給量の増加を背景に、2桁成長を達成しました。
オンコロジー(がん)
売上収益は5,604億円(前期比21.2%増)と、最も高い成長率を示しました。
大腸がん治療剤「FRUZAQLA(フリュザクラ)」が2023年11月に米国で上市されて以降、他の国々でも展開が進み、売上を大きく伸ばしました。
ワクチン
売上収益は554億円(前期比10.0%増)となりました。
デング熱ワクチン「QDENGA」が流行国でのアクセス拡大により売上を大幅に伸ばしたことが主な要因です。
ニューロサイエンス(神経精神疾患)
売上収益は5,658億円(前期比9.8%減)と唯一の減収エリアとなりました。
これは、ADHD治療剤「VYVANSE(ビバンセ)」が2023年8月に米国で独占販売期間を満了し、後発医薬品が参入した影響が大きいためです。
武田薬品工業の2025年3月期末財務状況について
2025年3月期末の財務状況は、資産合計が14兆2,483億円、負債合計が7兆3,124億円、資本合計が6兆9,360億円となりました。
親会社所有者帰属持分比率は48.7%と、前期末の48.1%から若干改善しています。
項目 | 2024年3月期末 | 2025年3月期末 | 前期末比 |
---|---|---|---|
資産合計 | 15兆1,088億円 | 14兆2,483億円 | △8,604億円 |
負債合計 | 7兆8,348億円 | 7兆3,124億円 | △5,224億円 |
資本合計 | 7兆2,740億円 | 6兆9,360億円 | △3,380億円 |
親会社所有者帰属 持分比率 | 48.1% | 48.7% | +0.6ポイント |
資産の減少は、主に無形資産の償却や減損損失、のれんの減少によるものです。
負債については、シンジケートローンの返済や社債の償還を進めたことにより、前期末から5,224億円減少しました。
キャッシュフローの状況
キャッシュフローの状況を見ると、営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)が大幅に増加し、潤沢なキャッシュ創出力を示しました。
項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 増減額 |
---|---|---|---|
営業活動による キャッシュ・フロー | 7,163億円 | 1兆572億円 | +3,408億円 |
投資活動による キャッシュ・フロー | △4,639億円 | △3,671億円 | +968億円 |
財務活動による キャッシュ・フロー | △3,544億円 | △7,514億円 | △3,970億円 |
現金及び現金同等物 期末残高 | 4,578億円 | 3,851億円 | △727億円 |
- 営業CF
引当金や棚卸資産の変動などがプラスに働き、前期比で3,408億円増加しました。 - 投資CF
無形資産の取得による支出が減少したことや、関連会社株式の売却による収入があったことから、マイナス幅が縮小しました。 - 財務CF
シンジケートローンやハイブリッド社債の返済・償還、自己株式の取得などにより、マイナス幅が拡大しました。
主要財務指標(ROEなど)
収益性を示す主要な経営指標は以下の通りです。
- ROE(親会社所有者帰属持分当期利益率): 1.5%(前期 2.1%)
- ROA(資産合計税引前利益率): 1.2%(前期 0.4%)
- 売上収益営業利益率: 7.5%(前期 5.0%)
ROEは当期利益の減少に伴い低下しましたが、ROAと営業利益率は改善しており、事業の本源的な収益力は向上していることがうかがえます。
武田薬品工業の株主還元について
武田薬品は、株主への利益還元を重要な経営課題と位置づけており、「毎年の1株当たり年間配当金を増額または維持する累進配当の方針」を掲げています。
また、自己株式の取得も機動的に実施しています。
配当金の状況
2025年3月期の年間配当金は、前期から8円増配の1株当たり196円(中間98円、期末98円)となる予定です。
さらに、翌2026年3月期の配当予想は、1株当たり200円(中間100円、期末100円)と、さらなる増配を見込んでいます。
第2四半期末 | 期末 | 合計 | 配当性向(連結) | |
---|---|---|---|---|
2024年3月期 | 94.00円 | 94.00円 | 188.00円 | 204.2% |
2025年3月期 | 98.00円 | 98.00円 | 196.00円 | 286.7% |
2026年3月期(予想) | 100.00円 | 100.00円 | 200.00円 | – |
当期の配当性向(連結)は286.7%と非常に高い水準ですが、これは累進配当の方針を維持する中で、当期利益が税務要因で一時的に落ち込んだためです。
自社株買いの発表はあった?
2025年1月30日開催の取締役会決議に基づき、自己株式の取得を実施しました。
2025年3月期中に500億円(11,544千株)、さらに2025年4月にも取得を行い、合計で1,000億円(23,367千株)の自己株式取得を完了しています。
これは、2025年3月末時点の発行済株式総数(自己株式を除く)の約1.48%に相当します。
武田薬品工業の今期の見通しと戦略について
武田薬品は、2026年3月期(2025年度)の連結業績について、増益を見込んでいます。
項目 | 2025年3月期実績 | 2026年3月期予想 | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 4兆5,816億円 | 4兆5,300億円 | △1.1% |
営業利益 | 3,426億円 | 4,750億円 | +38.7% |
親会社の所有者に帰属する 当期利益 | 1,079億円 | 2,280億円 | +111.3% |
基本的1株当たり 当期利益 | 68.36円 | 144.81円 | +111.8% |
売上収益は、VYVANSEの後発品影響や薬価規制の影響により微減を予想していますが、営業利益と当期利益は大幅な増加を見込んでいます。
利益増加の背景には、全社的な効率化プログラムによる費用削減効果や、事業構造再編費用の大幅な減少、VYVANSEに係る無形資産償却費が年度中に終了することなどが挙げられます。
今後の戦略としては、以下の点が重要となります。
- 成長ドライバーへの投資
パイプライン拡充や新製品上市、血漿分画製剤事業への戦略的投資を継続します。 - 後期開発パイプラインの推進
真性多血症治療薬「rusfertide」など、大きな価値を生み出す可能性のある後期開発パイプラインを加速させます。
2025年末までには3つの新規候補物質の臨床第3相試験データ読み出しを予定しています。 - 事業運営の効率化
データとテクノロジーを活用し、バリューチェーン全体の効率化を推進し、Core営業利益率を30%台前半から半ばまで引き上げることを目指します。
決算内容や今期の見通しで、武田薬品工業の株価はどうなる?
今回の決算内容と今後の見通しは、武田薬品工業の株価に多面的な影響を与えると考えられます。
株価にポジティブな影響を与える要因
- 力強い成長製品群
主力製品の後発品影響をカバーする「成長製品・新製品」の勢いは、安定した収益基盤として評価されるでしょう。 - 大幅な増益予想
2026年3月期の営業利益・当期利益の大幅な増益見通しは、市場の期待を高める重要な要素です。 - 有望なパイプライン
後期開発段階にある複数の新薬候補の進展は、将来の成長に対する期待感を醸成します。
特にrusfertideの良好なデータは好材料です。 - 積極的な株主還元
累進配当方針に基づく増配計画や、機動的な自社株買いは、株主還元の姿勢が評価され、株価を下支えする要因となります。 - 財務体質の改善
潤沢なキャッシュフローを背景とした負債の削減とレバレッジ比率の改善は、財務の健全性に対する信頼を高めます。
株価にネガティブな影響を与える要因
- VYVANSEの減収影響
主力製品であったVYVANSEの減収は、2026年3月期も続く見通しであり、売上全体の伸びを抑制する要因として懸念される可能性があります。 - 売上収益の伸び悩み
来期の売上収益が微減予想である点は、トップラインの成長鈍化と捉えられる可能性があります。 - 外部環境のリスク
米国のインフレ抑制法に代表される薬価圧力の増大や、地政学的リスクといった外部環境の不確実性は、事業への潜在的なリスクとして意識されます。
決算から分かる武田薬品工業の強みは?
今回の決算は、武田薬品工業が持つ複数の強みを改めて浮き彫りにしました。
多様な製品ポートフォリオとグローバル展開
消化器系疾患、希少疾患、血漿分画製剤、オンコロジーなど、多岐にわたる領域で強力な製品群を擁しています。
これにより、特定の製品の特許切れ(パテントクリフ)の影響を他の製品の成長で補う、リスク分散の効いた事業構造を構築しています。
また、世界約80の国と地域で事業を展開するグローバルな販売網も大きな強みです。
革新的な研究開発パイプライン
後期開発段階に、大型化が期待される複数の新薬候補を抱えており、将来の持続的な成長に向けた基盤が確立されています。
特に2025年度には3つの重要な臨床第3相試験の結果が判明する予定で、研究開発の成果が具体化する重要な年となります。
強固な財務基盤とキャッシュ創出力
1兆円を超える営業キャッシュフローを生み出す力は、大規模な研究開発投資と積極的な株主還元を両立させる源泉となっています。
この潤沢なキャッシュフローを活用して有利子負債の削減を進めており、財務の健全性も着実に向上しています。
まとめ
武田薬品工業の2025年3月期決算は、主力製品の後発品参入という逆風を、多様な成長製品群と効率化努力によって乗り越え、力強い利益成長を達成したことを示しました。
来期(2026年3月期)は、売上こそ微減を見込むものの、コスト構造の改善により大幅な利益成長を計画しています。
株主還元も強化しており、累進配当方針に基づく増配や自社株買いを継続する姿勢です。
短期的にはVYVANSEの減収影響が続きますが、中長期的には有望な後期開発パイプラインが次世代の成長を担うことが期待されます。
多様な製品ポートフォリオ、革新的な研究開発力、そして強固な財務基盤という3つの強みを活かし、武田薬品工業が新たな成長ステージへと移行していく姿がうかがえる決算内容でした。
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