アステラス製薬の2025年3月期決算が発表されました。
本記事では、同社の決算説明資料と決算短信をもとに、業績の詳細、財務状況、株主還元、そして今後の見通しに至るまで、投資家が知りたい情報を網羅的に解説します。
重点戦略製品の力強い成長が牽引し、売上収益・コア営業利益で過去最高を記録した今回の決算。
その内容を深く掘り下げ、今後の株価に与える影響や同社の強みについても分析していきます。
アステラス製薬の2025年3月期における連結決算の振り返り
項目 | 2025年3月期 実績 | 2024年3月期 実績 | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 1兆9,123億円 | 1兆6,037億円 | +19.2% |
コア営業利益 | 3,924億円 | 2,769億円 | +41.7% |
営業利益 | 410億円 | 255億円 | +60.8% |
税引前利益 | 312億円 | 250億円 | +25.1% |
当期利益 | 507億円 | 170億円 | +197.7% |
親会社の所有者に 帰属する当期利益 | 507億円 | 170億円 | +197.7% |
基本的1株当たり 当期利益 | 28.35円 | 9.51円 | +18.84円 |
2025年3月期のアステラス製薬の連結決算(IFRS)は、売上収益が前期比19.2%増の1兆9,123億円、コア営業利益は前期比41.7%増の3,924億円となり、いずれも過去最高を記録しました。
これは、重点戦略製品であるPADCEV(パドセブ)、IZERVAY(アイザーヴェイ)、VEOZAH(ベオーザ)などが力強く成長し、全体の業績を牽引したことによります。
一方で、無形資産の減損損失などを計上した結果、親会社の所有者に帰属する当期利益は507億円(前期比197.7%増)となりました。
アステラス製薬の2025年3月期における商品別売上、地域別の業績
アステラス製薬は医薬品事業の単一セグメントですが、ここでは主要製品と地域別の業績について解説します。
主要製品別
重点戦略製品であるPADCEV、IZERVAY、VEOZAH、VYLOY、XOSPATAの売上が合計で前期比110%増の3,364億円と倍増し、全体の成長を力強く牽引しました。
製品名 | 2025年3月期 (2024年度)実績 | 前期比 |
---|---|---|
重点戦略製品 計 | 3,364億円 | +110% |
PADCEV | 1,641億円 | +92% |
IZERVAY | 583億円 | +381% |
VEOZAH | 338億円 | +364% |
VYLOY | 122億円 | – |
XOSPATA | 680億円 | +23% |
XTANDI | 9,123億円 | +22% |
ミラベグロン | 1,700億円 | -14.2% |
重点戦略製品
尿路上皮がん治療剤「PADCEV」は、全ての地域で売上が拡大し、グローバル全体で2倍近く成長しました。
地図状萎縮を伴う加齢黄斑変性治療剤「IZERVAY」は、米国での新規患者における第一選択薬としての地位を確立し、売上が大幅に増加しました。
また、当期に発売された胃腺がん治療剤「VYLOY」は、想定を上回る検査普及率に支えられ、期待以上の成長を見せました。
XTANDI
主力の前立腺がん治療剤「XTANDI」は、全ての地域で売上が拡大し、グローバル売上は想定のピーク水準に到達しました。
ミラベグロン
過活動膀胱治療剤「ミラベグロン(製品名:ベタニス/ミラベトリック/ベットミガ)」は、米国での後発品参入の影響により売上が減少しました。
地域別
米国市場が前期比30.7%増と大幅に成長したほか、日本を除く全ての地域で増収を達成しました。
地域 | 2025年3月期 実績 | 前期比 |
---|---|---|
日本 | 2,670億円 | -1.2% |
米国 | 8,664億円 | +30.7% |
エスタブリッシュドマーケット | 4,854億円 | +16.8% |
チャイナ | 783億円 | +10.9% |
インターナショナルマーケット | 2,035億円 | +15.0% |
各地域名に含まれている国は?
エスタブリッシュドマーケット:欧州、カナダ等
チャイナ:中国、香港
インターナショナルマーケット:中南米、中東、アフリカ、東南アジア、南アジア、ロシア、韓国、台湾、オーストラリア、輸出売上等
アステラス製薬の2025年3月期末時点での財務状況について
2025年3月末時点の財務状況は以下の通りです。
財務項目 | 2025年3月末 | 2024年3月末 |
---|---|---|
総資産 | 3兆3,395億円 | 3兆5,696億円 |
負債合計 | 1兆8,263億円 | 1兆9,736億円 |
資本合計 | 1兆5,133億円 | 1兆5,960億円 |
親会社所有者帰属 持分比率 | 45.3% | 44.7% |
1株当たり 親会社所有者帰属持分 | 845.25円 | 890.07円 |
総資産は前期末から2,301億円減少し、3兆3,395億円となりました。
これは主に無形資産の減少によるものです。
負債合計も減少し、親会社所有者帰属持分比率(自己資本比率)は45.3%と、前期末から0.6ポイント改善しました。
キャッシュフローの状況
キャッシュフロー項目 | 2025年3月期 | 2024年3月期 |
---|---|---|
営業活動によるCF | 1,945億円 | 1,725億円 |
投資活動によるCF | △894億円 | △8,458億円 |
財務活動によるCF | △2,614億円 | 6,141億円 |
現金及び現金同等物 期末残高 | 1,884億円 | 3,357億円 |
営業活動によるキャッシュ・フローは、税引前利益の増加などにより前期比で220億円増加し、1,945億円のプラスとなりました。
投資活動によるキャッシュ・フローは、前期に計上したIveric Bio社買収による支出がなくなったため、支出が大幅に減少し、894億円のマイナスとなりました。
財務活動によるキャッシュ・フローは、前期に大型の資金調達があった反動で、2,614億円のマイナスとなりました。
主要財務指標
当期の主要な財務指標は以下の通りです。
- 親会社所有者帰属持分当期利益率 (ROE): 3.3%
- 資産合計税引前利益率 (ROA): 0.9%
- 売上収益営業利益率: 2.1%
減損損失の計上などによりフルベースの利益が圧縮されたため、ROEやROAは低い水準となっています。
アステラス製薬の株主還元(配当・自社株買い)について
アステラス製薬は、企業価値の持続的向上に努めるとともに、株主還元にも積極的に取り組む方針です。
成長を実現するための事業投資を最優先しつつ、配当については中長期的な利益成長に基づき、安定的かつ持続的な向上を目指しています。
配当金の状況
2025年3月期の年間配当金は、前期から4円増配の1株当たり74円(中間37円、期末37円)となりました。
2024年3月期 (実績) | 2025年3月期 (実績) | 2026年3月期 (予想) | |
---|---|---|---|
年間配当金 | 70.00円 | 74.00円 | 78.00円 |
中間配当金 | 35.00円 | 37.00円 | 39.00円 |
期末配当金 | 35.00円 | 37.00円 | 39.00円 |
配当性向 (連結) | 736.4% | 261.1% | 107.4% |
さらに、2026年3月期の年間配当金は、1株当たり78円(中間39円、期末39円)と、4円の増配を予想しており、株主還元への積極的な姿勢がうかがえます。
自社株買いの発表はあった?
今回の決算発表において、新たな自己株式取得に関する具体的な発表はありませんでした。
ただし、会社の方針として「余剰資金が生じた際は、自己株式取得を機動的に実施」することが示されており、今後の財務状況や株価水準によっては実施される可能性が残されています。
アステラス製薬の今期の見通しと戦略について
項目 | 2026年3月期 予想 | 2025年3月期 実績 | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 1兆9,300億円 | 1兆9,123億円 | +0.9% |
コア営業利益 | 4,100億円 | 3,924億円 | +4.5% |
営業利益 | 1,600億円 | 410億円 | +289.9% |
親会社の所有者に帰属する当期利益 | 1,300億円 | 507億円 | +156.2% |
基本的1株当たり当期利益 | 72.61円 | 28.35円 | +44.26円 |
アステラス製薬は、2026年3月期(2025年度)の業績予想として、増収増益を見込んでいます。
売上収益は前期比0.9%増の1兆9,300億円、コア営業利益は4.5%増の4,100億円を予想しています。
為替の影響を除いた実質ベースでは、売上収益で7%増、コア営業利益で11%増と二桁の力強い成長を見込んでいます。
重点戦略製品の更なる成長
今期も引き続き重点戦略製品が成長の柱となります。
特にIZERVAY、PADCEV、VYLOYが成長を牽引し、重点戦略製品合計で売上4,700億円(前期比40%増)を目指します。
これらの製品は先行投資フェーズから本格的な利益貢献フェーズへ移行し、収益性を高めていく計画です。
Focus Areaアプローチの推進
研究開発においては「Focus Areaアプローチ」を継続し、フラッグシッププログラムのPoC(コンセプト検証)を見極め、XTANDIの独占販売期間満了後の成長を担う次世代の医薬品創出を加速させます。
特に、膵腺がんでPoCを達成した標的タンパク質分解誘導剤「ASP3082」とその後のプログラムには期待が寄せられています。
SMTによるコスト構造改革
「SMT (Sustainable Margin Transformation)」を通じたコスト最適化を継続し、販管費率の更なる改善(-1.0ppt)を見込んでいます。
これにより創出されたリソースを、重点戦略製品やPrimary Focusへの成長投資に振り向けていく方針です。
決算内容や今期の見通しで、アステラス製薬の株価はどうなる?
今回の決算内容と今期の見通しには、株価にとってポジティブな要因とネガティブな要因の両方が含まれています。
株価にポジティブな影響を与える要因
株価にポジティブな影響を与える要因としては、以下の5つが考えられます。
- 過去最高の業績達成
2025年3月期に売上収益とコア営業利益が過去最高を記録したことは、企業の成長力を示す好材料です。 - 重点戦略製品の力強い成長
PADCEVやIZERVAYなどが想定を上回る勢いで成長しており、今期もその継続が見込まれることは、将来の収益への期待を高めます。 - 堅調な今期業績予想
為替のマイナス影響を織り込みつつも増収増益を計画しており、特に実質ベースでの二桁利益成長見通しは市場に安心感を与える可能性があります。 - パイプラインの進捗
標的タンパク質分解誘導におけるPoC達成など、将来の成長エンジンとなる新薬開発が順調に進んでいることは、長期的な企業価値向上への期待につながります。 - 継続的な増配
安定した株主還元、特に連続増配の計画は、インカムゲインを重視する投資家からの買い支えが期待できます。
株価にネガティブな影響を与える要因
株価にネガティブな影響を与える要因としては、以下の4つが考えられます。
- 主力製品XTANDIのピークアウト懸念
グローバル売上がピーク水準に到達し、今期は微減を見込んでいることや、将来的な独占販売期間満了(LOE)のリスクは、株価の上値を抑える要因となり得ます。 - 為替レートの変動
今期の業績予想は1ドル140円、1ユーロ160円という円高を前提としており、想定以上の円高が進んだ場合、業績が下振れするリスクがあります。 - 研究開発費の増加
将来の成長に向けた投資として必要不可欠ですが、短期的には利益を圧迫する要因となります。 - 減損損失のリスク
前期に引き続き、今期の業績予想にも無形資産の減損損失リスクが織り込まれており、開発中の新薬の動向によっては追加の損失計上が懸念されます。
決算から分かるアステラス製薬の強みは?
今回の決算からは、アステラス製薬のいくつかの強みが浮き彫りになりました。
強力な製品ポートフォリオと成長エンジン
XTANDIという巨大なブロックバスターに依存する構造から、PADCEV、IZERVAY、VEOZAHといった複数の重点戦略製品が急成長することで、収益源の多様化と新たな成長エンジンを確立しつつあります。
これらの製品が本格的な利益貢献フェーズに入ることで、企業全体の収益構造がより強固になることが期待されます。
先進的な創薬力とパイプライン
「Focus Areaアプローチ」を通じて、標的タンパク質分解誘導や遺伝子治療といった最先端のモダリティに挑戦し、実際にPoCを達成するなど具体的な成果を出し始めています。
これは、将来のアンメットメディカルニーズに応える革新的な医薬品を継続的に創出できる高い研究開発能力を示しています。
徹底したコストマネジメント能力
全社的なコスト構造改革プロジェクトである「SMT」を着実に実行し、目標としていた400億円のコスト最適化を達成しました。
この改革によって捻出された経営資源を成長分野に再投資するという好循環を生み出しており、経営の効率性と規律の高さがうかがえます。
まとめ
アステラス製薬の2025年3月期決算は、重点戦略製品が力強く成長し、売上・コア営業利益で過去最高を達成するという非常にポジティブな内容でした。
2026年3月期も実質ベースでは二桁の利益成長を見込むなど、成長モメンタムは継続する見通しです。
XTANDIのピークアウト懸念や為替リスクといった課題はあるものの、多様な成長エンジンの確立、先進的なパイプラインの進捗、そして継続的な株主還元姿勢は、同社の将来性を明るく照らしています。
今後の重点戦略製品の市場浸透と、開発パイプラインの動向が、企業価値をさらに高める上で重要な鍵となるでしょう。
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