日本郵船株式会社が2025年5月8日に発表した2025年3月期の連結決算は、売上高・利益ともに前年度を大きく上回る結果となりました。
コンテナ船市況の上昇が業績を牽引し、経常利益は前年度比87.8%増の4,908億円に達しました。
また、株主還元の強化も発表され、配当方針の変更や大規模な自己株式取得が打ち出されています。
この記事では、日本郵船の2025年3月期決算の詳細な内容から、次期(2026年3月期)の業績見通し、そして今回の決算が株価に与える影響まで、決算説明資料と決算短信をもとに詳しく解説します。
日本郵船の2025年3月期における連結決算の振り返り
2025年3月期の連結業績は、前期比で大幅な増収増益を達成しました。
項目 | 2025年3月期 (実績) | 2024年3月期 (実績) | 前期比 |
---|---|---|---|
売上高 | 2兆5,887億円 | 2兆3,872億円 | +8.4% |
営業利益 | 2,108億円 | 1,746億円 | +20.7% |
経常利益 | 4,908億円 | 2,613億円 | +87.8% |
親会社株主に帰属する 当期純利益 | 4,777億円 | 2,286億円 | +109.0% |
当期の好調な業績は、主に定期船事業が牽引しました。
紅海情勢に起因する船腹需給の逼迫などが追い風となり、コンテナ船の運賃水準が前年度を上回ったことが大幅な増益に繋がりました。
また、物流事業における取扱量の増加や、自動車事業、ドライバルク事業における堅調な輸送需要の取り込みも増収に貢献しました。
営業外収益では、持分法適用会社であるOCEAN NETWORK EXPRESS PTE. LTD. (ONE社)からの投資利益が2,471億円に上り、経常利益を大きく押し上げる要因となっています。
日本郵船の2025年3月期におけるセグメント別の業績
日本郵船のセグメント別の業績は以下の通りです。
定期船事業が経常利益を大きく伸ばした一方で、物流事業は減益となりました。
事業セグメント | 売上高 | 経常利益 |
---|---|---|
定期船事業 | 1兆8,042億円 | 2,743億円 |
航空運送事業 | 1,857億円 | 210億円 |
物流事業 | 8,121億円 | 212億円 |
自動車事業 | 5,323億円 | 1,133億円 |
ドライバルク事業 | 6,072億円 | 181億円 |
エネルギー事業 | 1,785億円 | 461億円 |
その他事業 | 2,046億円 | 69億円 |
定期船事業
コンテナ船部門では、新造船の竣工による供給増はあったものの、堅調な荷動きに加え、紅海情勢や港湾混雑による需給の逼迫が見られ、運賃市況が前年度を上回りました。
これにより、セグメント経常利益は前年度から2,064億円の大幅な増益となりました。
航空運送事業
アジア発欧米向けの旺盛なEコマース需要や半導体関連貨物の需要に支えられ、貨物取扱量が増加しました。
需給の引き締まりによって運賃単価も高い水準で推移した結果、前年度比で増収増益を達成しました。
物流事業
航空・海上貨物取扱事業では、取扱量は増加したものの、仕入価格の上昇により利益水準は前年度並みとなりました。
また、ロジスティクス事業では、成長投資に関連する一時的な費用が発生したことなどから、セグメント全体では増収減益という結果になりました。
自動車事業
海上輸送において、中東情勢の影響による港湾混雑や航路変更が続く中、最適な配船と運航で堅調な輸送需要を取り込みました。
自動車物流も旺盛な需要を取り込み、セグメント全体で増収増益となりました。
ドライバルク事業
ケープサイズやパナマックスサイズ以下の各船型で市況に違いはあったものの、通期での市況は概ね前年度と同水準で推移しました。
その結果、売上高は増加し、利益は前年度並みを維持しました。
エネルギー事業
VLCC(大型原油タンカー)やVLGC(大型LPGタンカー)の市況が前年度を下回った一方で、LNG船が中長期契約に支えられて安定的に収益を確保しました。
これにより、セグメント全体では増収、利益は前年度並みとなりました。
日本郵船の2025年3月期末時点での財務状況について
2025年3月期末の財務状況は以下の通り、自己資本が積み上がり、財務の健全性がさらに向上しました。
項目 | 2025年3月期末 | 2024年3月期末 | 増減 |
---|---|---|---|
総資産 | 4兆3,202億円 | 4兆2,547億円 | +655億円 |
純資産 | 2兆9,699億円 | 2兆6,933億円 | +2,766億円 |
自己資本 | 2兆9,188億円 | 2兆6,503億円 | +2,685億円 |
自己資本比率 | 67.6% | 62.3% | +5.3ポイント |
有利子負債 | 7,384億円 | 9,138億円 | -1,754億円 |
当期純利益の計上により利益剰余金が1,877億円増加したことなどで、自己資本は2兆9,188億円となりました。
また、短期借入金の減少などにより有利子負債は7,384億円に減少し、有利子負債自己資本比率(D/Eレシオ)は0.25倍と健全な水準を維持しています。
キャッシュフローの状況
当期のキャッシュフローの状況は以下の通りです。
項目 | 2025年3月期 | 2024年3月期 |
---|---|---|
営業活動によるCF | 5,107億円 | 4,014億円 |
投資活動によるCF | △597億円 | △2,856億円 |
財務活動によるCF | △4,277億円 | △1,634億円 |
現金及び現金同等物 期末残高 | 1,498億円 | 1,448億円 |
営業活動によるキャッシュフローは、税金等調整前当期純利益5,154億円や持分法による投資損益(△2,933億円)などにより、前年度から1,093億円増加しました。
投資活動によるキャッシュフローは、主に船舶を中心とする固定資産の取得及び売却によるものです。
財務活動によるキャッシュフローは、借入金の返済、自己株式の取得、配当金の支払いなどによりマイナスとなりました。
主要財務指標(ROEなど)
当期の主要な収益性・効率性指標は以下の通りです。
指標 | 2025年3月期 (実績) | 2024年3月期 (実績) |
---|---|---|
ROE (自己資本当期純利益率) | 17.2% | 8.9% |
ROA (総資産経常利益率) | 11.5% | 6.5% |
売上高営業利益率 | 8.1% | 7.3% |
ROIC | 13.2% | 8.3% |
好調な業績を反映し、ROEは17.2%と前年度の8.9%から大幅に改善しました。
中期経営計画ではROEの目標を8~10%としており、これを大きく上回る水準です。
日本郵船の株主還元について
日本郵船は2025年3月期の好調な業績と潤沢なキャッシュフローを背景に、株主還元の拡充を発表しました。
2025年度からは配当方針を変更し、さらなる自己株式の取得も決定しています。
配当金の状況
2025年3月期の年間配当金は、当初の予想から15円増額され、1株当たり325円となる予定です(中間配当130円、期末配当195円)。これは連結配当性向30.4%に相当します。
さらに、2026年3月期からは配当方針を以下の通り変更します。
- 連結配当性向:30%から40%に引き上げ
- 下限配当:1株当たり年間100円から200円に引き上げ
この新方針に基づき、2026年3月期の配当予想は1株当たり年間235円(中間115円、期末120円)とされています。
自社株買いの発表はあった?
資本効率の一層の向上を目的として、新たに大規模な自己株式取得枠の設定が決定されました。
- 取得価額の総額: 1,500億円(上限)
- 取得する株式の総数: 4,800万株(上限)
- 発行済株式総数に対する割合: 11.1%(上限)
- 取得期間: 2025年5月9日~2026年4月30日
なお、2023年度以降に実施した約3,300億円の自己株式取得と合わせると、中期経営計画期間中の自己株式取得枠は総額4,800億円となります。
日本郵船の今期見通しと戦略について
2026年3月期の連結業績は、売上高2兆3,800億円(前期比8.1%減)、経常利益2,550億円(前期比48.1%減)、当期純利益2,500億円(前期比47.7%減)と、減収減益を見込んでいます。
この見通しは、主に定期船事業において、新造船の竣工が続くことによる船腹需給の軟化を想定しているためです。
また、2025年5月23日に予定されている日本貨物航空(NCA)の株式交換に伴い、航空運送事業の業績が予想から除外されることも減収の要因となります。
一方で、中期経営計画は順調に進捗しています。
- 投資計画の増額
2023年度から4年間の投資額合計を当初計画の1.2兆円から1.4兆円に増額し、成長機会の取り込みを加速させます。 - 中長期の利益見通しを上方修正
安定収益の積み上げや成長投資の成果により、2030年度の当期純利益見通しを当初の3,100億円から4,000億円へと900億円増額修正しました。 - GX/DX戦略の推進
世界初のアンモニア燃料タグボートの完成や液化CO2輸送技術の進展など、脱炭素化に向けた新規事業を着実に進めています。
決算内容や今期の見通しで、日本郵船の株価はどうなる?
今回の決算発表と今後の見通しには、株価にとってポジティブな側面とネガティブな側面の両方が含まれています。
株価にポジティブな影響を与える要因
株価にポジティブな影響を与える要因として、以下の3点が予測できます。
- 大幅な増益実績
2025年3月期の経常利益が前期比87.8%増という非常に好調な実績は、企業の収益力を示す上でポジティブな材料です。 - 株主還元の歴史的な強化
配当性向を40%に引き上げ、下限配当も年間200円に倍増させたことに加え、新たに1,500億円という大規模な自社株買いを設定したことは、株主価値向上への強い意志の表れであり、市場から高く評価される可能性があります。 - 中長期的な成長戦略への期待
投資計画を増額し、2030年の利益目標を上方修正したことは、将来の成長に対する自信を示しており、中長期的な投資家にとって魅力的です。
株価にネガティブな影響を与える要因
一方で、株価にポジティブな影響を与える要因として、以下の3点が予測できます。
- 来期の大幅な減益予想
2026年3月期は経常利益が48.1%減と大幅な減益が見込まれており、短期的な業績悪化を懸念する売り圧力に繋がる可能性があります。 - コンテナ船市況の不透明感
業績の大きな変動要因であるコンテナ船市況が、新造船竣工により軟化するとの見通しは、先行きに対する不透明感を強めます。
また、米国の関税政策などの外部環境の変化もリスク要因として注視されています。 - 航空運送事業の貢献剥落
利益貢献していた航空運送事業が連結から外れることで、収益源の一つが失われることになります。
航空運送事業が連結から外れるのはなぜ?
日本郵船の連結子会社である日本貨物航空株式会社(NCA)と、ANAホールディングス株式会社が株式交換を行うためです。
この株式交換により、ANAホールディングスがNCAの完全親会社となります。その結果、NCAは日本郵船の連結グループから外れるため、2026年3月期の業績予想から航空運送事業が含まれていません。
この株式交換の実行予定日は2025年5月23日とされています 。
決算から分かる日本郵船の強みは?
今回の決算資料からは、日本郵船のいくつかの強みが浮き彫りになります。
多様な事業ポートフォリオによるリスク分散
日本郵船は定期船、航空、物流、自動車、エネルギーなど、海・陸・空にまたがる多角的な事業ポートフォリオを構築しています。
これにより、特定の事業セグメントの市況が悪化しても、他のセグメントの収益でカバーすることが可能です。
例えば、来期は定期船事業の減益が見込まれる一方で、エネルギー事業などは堅調な推移が予想されており、事業全体としての安定性を高めています。
LNG船などに代表される安定収益基盤
市況変動の激しい事業だけでなく、LNG船の中長期契約のように、安定的かつ継続的な収益が見込める事業を収益の柱として持っていることが大きな強みです。
中期経営計画でも「安定収益の積み上げ」が強調されており、これが財務基盤の安定と積極的な株主還元を可能にしています。
将来の成長に向けた積極的な投資姿勢
現状の事業に安住することなく、中期経営計画「Sail Green, Drive Transformations 2026」の下、脱炭素化(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)といった未来の成長領域へ積極的に投資しています。
アンモニア燃料船の開発や洋上風力発電関連事業への参入などは、長期的な企業価値向上に繋がる重要な取り組みです。
まとめ
日本郵船の2025年3月期決算は、定期船事業の好調を背景に過去最高益に迫る大幅な増益となりました。
この好業績を株主に還元する形で、配当方針の引き上げや大規模な自社株買いといった非常に手厚い株主還元策が発表された点が最大の注目ポイントです。
一方で、2026年3月期はコンテナ船市況の軟化などにより減益を見込んでおり、短期的な業績には不透明感が漂います。
しかし、中長期的な視点で見れば、多様な事業ポートフォリオによる安定収益基盤と、脱炭素化などの成長分野への積極的な投資は、同社の揺るぎない強みと言えるでしょう。
今後の市況の動向とともに、中期経営計画に沿った成長戦略が着実に実行されていくかどうかが、日本郵船の企業価値を左右する鍵となりそうです。
関連:海運銘柄の2025年3月期決算まとめ









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