株式会社IHIが2025年5月8日に発表した2025年3月期の連結決算は、受注高、売上収益、営業利益、最終利益のすべてで過去最高を記録しました。
好調な民間航空機需要を背景としたエンジン事業の拡大と、防衛事業の伸長が業績を力強く牽引した格好です。
本記事では、IHIの2025年3月期決算の内容を詳しく解説し、セグメント別の業績や財務状況、株主還元策を分析します。
また、会社が示す来期の見通しから、今後の株価に与える影響についても考察します。
IHIの2025年3月期における連結決算の振り返り
2025年3月期の連結決算は、前期に計上したPW1100G-JMエンジン追加検査プログラム関連損失の反動に加え、主力の航空・宇宙・防衛事業が大幅に伸長したことで、記録的な増収増益となりました。
項目 | 2024年3月期実績 | 2025年3月期実績 | 前期比 |
---|---|---|---|
売上収益 | 1兆3,225億円 | 1兆6,268億円 | +3,042億円 (+23.0%) |
営業利益 | ▲701億円 | 1,435億円 | +2,136億円 |
税引前利益 | ▲722億円 | 1,384億円 | +2,107億円 |
親会社所有者帰属 当期利益 | ▲682億円 | 1,127億円 | +1,809億円 |
基本的1株当たり 当期利益 | ▲450.78円 | 744.84円 | +1,195.62円 |
売上収益は、民間航空エンジンのスペアパーツ販売増加や為替の円安効果などにより、前期比23.0%増の1兆6,268億円となりました。
営業利益は、民間航空エンジンの大幅な増収効果が、事業構造改革費用や不適切行為関連費用を吸収し、2,136億円の増益となる1,435億円に着地しました。
これにより、前期は赤字だった各利益項目は大幅な黒字に転換し、過去最高益を更新しています。
IHIの2025年3月期におけるセグメント別の業績
IHIの業績をセグメント別に見ると、売上・利益ともに「航空・宇宙・防衛」セグメントが全体を牽引したことが分かります。
一方で、その他の中核事業は減益となっており、事業ごとの状況に濃淡が見られます。
報告セグメント | 売上収益 | 前期比 | 営業利益 | 前期比 |
---|---|---|---|---|
資源・エネルギー・環境 | 4,114億円 | +1.6% | 161億円 | ▲8.9% |
社会基盤 | 1,460億円 | ▲5.0% | ▲42億円 | – |
産業システム・汎用機械 | 4,848億円 | +4.0% | 108億円 | ▲15.4% |
航空・宇宙・防衛 | 5,557億円 | +105.5% | 1,227億円 | – |
合計 | 1兆6,268億円 | +23.0% | 1,435億円 | – |
注) 社会基盤セグメントの前期営業利益は150億円、航空・宇宙・防衛セグメントの前期営業利益は▲1,028億円
資源・エネルギー・環境
売上収益は前期並みを維持したものの、ライフサイクルビジネス(LCB)案件の端境期による減収影響や、海外子会社の収益悪化、品質事案への対応などが響き、減益となりました。
社会基盤
コンクリート建材事業の譲渡に関連する構造改革費用や、交通システムの採算性悪化が主な要因となり、営業赤字となりました。
産業システム・汎用機械
パーキング事業の収益改善は見られたものの、車両過給機事業における販売価格転嫁の遅れや、一部事業の構造改革費用計上により減益となりました。
航空・宇宙・防衛
当期の業績を最も強く牽引したセグメントです。
堅調な旅客需要を背景に民間エンジン事業のスペアパーツ販売が大きく拡大したほか、防衛事業も伸長し、大幅な増収増益を達成しました。
営業利益は1,227億円に達し、全社利益の大半を稼ぎ出しています。
IHIの2025年3月期末における財務状況について
IHIは過去最高益の達成に伴い、財務体質は大きく改善しました。
有利子負債が596億円減少した一方、親会社の所有者に帰属する持分は1,057億円増加しています。
項目 | 2024年3月末 | 2025年3月末 | 増減 |
---|---|---|---|
資産合計 | 2兆978億円 | 2兆2,403億円 | +1,425億円 |
負債合計 | 1兆6,955億円 | 1兆7,317億円 | +361億円 |
うち有利子負債 | 5,743億円 | 5,147億円 | ▲596億円 |
資本合計 | 4,022億円 | 5,086億円 | +1,063億円 |
親会社所有者帰属持分比率 | 17.9% | 21.5% | +3.6ポイント |
D/Eレシオ | 1.43倍 | 1.01倍 | ▲0.42ポイント |
この結果、自己資本比率にあたる「親会社所有者帰属持分比率」は前年度末の17.9%から21.5%へ、財務の健全性を示すD/Eレシオは1.43倍から1.01倍へと、それぞれ大きく改善しました。
キャッシュフローの状況
営業キャッシュ・フローは、利益獲得や運転資本の改善、税金の還付といった一時的な要因も重なり、前期から1,155億円増加し、1,776億円の収入超過となりました。
項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 増減 |
---|---|---|---|
営業キャッシュ・フロー | 621億円 | 1,776億円 | +1,155億円 |
投資キャッシュ・フロー | ▲516億円 | ▲588億円 | ▲72億円 |
財務キャッシュ・フロー | 25億円 | ▲1,162億円 | ▲1,187億円 |
現金及び現金同等物期末残高 | 1,388億円 | 1,368億円 | ▲19億円 |
投資キャッシュ・フローは、固定資産の売却収入があったものの、設備投資を進めたことで588億円の支出超過となりました。
財務キャッシュ・フローは、主に借入金の返済を進めたことにより1,162億円の支出超過となっています。
主要財務指標(ROEなど)
利益の大幅な改善と自己資本の増加により、収益性を示す指標も著しく向上しました。
- ROE(自己資本利益率): 26.3%(前期 ▲16.9%)
- ROA(総資産利益率): 5.2%(前期 ▲3.4%)
- ROIC(投下資本利益率): 10.5%(前期 ▲4.9%)
- 売上収益営業利益率: 8.8%(前期 ▲5.3%)
ROEは26.3%と非常に高い水準に達し、資本効率が大きく改善したことを示しています。
IHIの株主還元について
IHIは、安定的な配当の実施を基本方針としています。当期の好調な業績と今後の見通しを踏まえ、増配が発表されました。
配当金の状況
2025年3月期の年間配当金は、前期から20円増配の1株当たり120円(中間50円、期末70円)となりました。
さらに、2026年3月期(今期)の配当予想は、前期からさらに20円増配し、年間140円(中間70円、期末70円)とする予定です。
これにより3期連続の増配となり、株主への還元姿勢を強めていることがうかがえます。
今回の決算で自社株買いの発表はあった?
今回の決算発表と同時に、新たな大規模な自己株式取得の発表はありませんでした。
IHIの今期の見通しと戦略はどうなる?
IHIは2026年3月期の連結業績見通しとして、売上収益1兆6,500億円(前期比1.4%増)、営業利益1,500億円(前期比4.5%増)を掲げています。
営業利益については、米国の関税政策の影響や事業構造改革費用として約200億円のマイナス要因を織り込みつつも、売上拡大などにより前期並みの高い水準を確保する計画です。
なお、この見通しは1米ドル=140円を前提としており、実績レート(152.84円)よりも円高で保守的に見積もられています。
為替が1円円安に動くと営業利益が約19億円増加する感応度も示されています。
中期経営計画「グループ経営方針2023」の最終年度として、以下の戦略を推進します。
- 成長事業への資源シフト
成長を牽引する航空エンジン・ロケット分野や、将来の柱と期待されるクリーンエネルギー分野(燃料アンモニア等)へ経営資源を重点的に投下します。 - アフターマーケット事業の拡大
航空エンジン分野では、需要増加が見込まれるアフターマーケット(整備・スペアパーツ)事業を拡大します。
鶴ヶ島工場に新修理棟を建設し、2026年度の稼働開始を目指すなど、生産能力を増強します。 - 事業構造改革の継続
収益性・効率性の低い事業については、引き続き事業ポートフォリオの変革を進めます。
IHIの決算内容や今期の見通しで、株価はどうなる?
今回の決算内容と今期の見通しには、株価にとってポジティブな要因とネガティブな要因の両方が含まれています。
株価にポジティブな影響を与える要因
株価にポジティブな影響を与える要因として考えられるのは、以下の4つです。
- 過去最高益の達成
受注高・売上・各利益項目で過去最高を記録したという事実は、市場に好印象を与える最大の要因です。 - 航空・宇宙・防衛事業の圧倒的な強さ
全社利益の大半を稼ぎ出す同セグメントの好調が続いていることは、業績の安定性と成長性への期待を高めます。 - 財務体質の劇的な改善
ROEが26.3%に達するなど収益性が大幅に向上し、D/Eレシオも改善しており、財務リスクが低下しています。 - 積極的な株主還元
3期連続となる増配計画は、株主への還元を重視する姿勢として評価されるでしょう。
株価にネガティブな影響を与える要因
株価にネガティブな影響を与える要因として考えられるのは、以下の4つです。
- 来期見通しの上値の重さ
来期の営業利益は、関税の影響や構造改革費用(▲200億円)を織り込んでいるとはいえ、過去最高を記録した今期から微増に留まる見通しです。 - 為替変動リスク
見通しの前提為替レートが140円/ドルと保守的である一方、今後の円高進行は業績の下振れリスクとなります。 - 中核事業の収益性
航空・宇宙・防衛以外のセグメントが減益となっており、一本足打法に近い収益構造への懸念が残ります。 - フリーキャッシュ・フローの減少見込み
2025年3月期に1,188億円あったフリーキャッシュ・フローが、2026年3月期には100億円に大幅に減少する見通しであり、資金創出力の一時的な低下が懸念される可能性があります。
IHIの決算から分かる同社の強みは?
今回の決算からは、IHIの明確な強みを読み取ることができます。
航空・宇宙・防衛事業における高い技術力と事業基盤
最大の強みは、やはり「航空・宇宙・防衛」事業です。
特に民間航空エンジン事業では、世界の主要な航空機に搭載されるエンジンの開発・生産に参画しており、その安定した地位が強固な事業基盤となっています。
さらに、一度納入したエンジンのアフターサービス(整備やスペアパーツ供給)で長期的に安定した収益を上げる「ライフサイクルビジネス」が確立されており、これが同社の高収益を支える源泉となっています。
2025年度には、コロナ禍前の2019年度比でスペアパーツの取扱高が2倍以上に成長する見込みであり、この勢いは当面続くと考えられます。
事業ポートフォリオ改革の推進力
航空・宇宙・防衛事業に注目が集まりがちですが、同時に不採算事業の整理・売却を着実に進めている点も強みと言えます。
運搬機械事業やコンクリート建材事業などを譲渡し、経営資源を成長分野へ集中させるという明確な意思が示されています。
このポートフォリオ改革を進めることで、企業全体の収益性と資本効率をさらに高めていくことが期待されるでしょう。
まとめ
IHIの2025年3月期決算は、航空・宇宙・防衛事業の力強い成長を背景に、すべての利益項目で過去最高を更新する素晴らしい内容でした。
財務体質も大きく改善し、株主への増配も発表されるなど、株主にとってもポジティブな決算であったと言えるでしょう。
来期の見通しは、一部で構造改革費用などを織り込むものの、引き続き高水準の利益を維持する計画です。
航空機需要の堅調な推移が続く限り、同社の収益基盤は揺るがないと考えられます。
一方で、航空事業への収益依存度の高さや為替リスクなどの課題も残りますが、進行中の事業ポートフォリオ改革が他のセグメントの収益性をどう改善していくか、今後の展開が注目されるでしょう。
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