日本電信電話(NTT)は、日本の通信分野をリードし、世界でも存在感を放つ巨大テクノロジー企業です。
NTTの年次決算や翌年度の業績予想は、NTTの今を知り、未来を占う上で投資家にとって非常に重要な情報です。これらの情報は5月9日に公開され、NTTの国内での取り組み、海外での活躍、そして革新的なIOWN構想の進捗など、様々な側面が明らかになりました。
この記事では、NTTが発表した2025年3月期(2024年度)の通期連結業績実績と、2026年3月期(2025年度)の連結業績予想を中心に、事業ごとの動向、株主還元、そしてIOWN構想をはじめとする成長戦略を分かりやすく解説します。
2024年度(2025年3月期)通期連結業績:安定基盤と1兆円の利益
まず、2025年3月期(2024年度)のNTTグループ全体の業績を見てみましょう。主な数字はこちらです。
- 営業収益(売上):13兆7,047億円(前期比 +3,302億円、+2.5%)
- EBITDA※1:3兆2,393億円(前期比 ▲1,789億円、▲5.2%)
- 営業利益:1兆6,496億円(前期比 ▲2,733億円、▲14.2%)
- 当期利益:1兆円(前期比 ▲2,795億円、▲21.8%)
これらの数字は、NTTが非常に大きなビジネスを展開していることを示しています。特に、株主に帰属する当期利益が1兆円に達していることは、NTTの高い収益力を示す大きな成果と言えます。
NTTのような巨大企業では、売上の規模は市場での存在感を示す一方、特に国内のように市場が成熟している場合は成長のペースが緩やかになる可能性もあります。そのため、投資家は、この安定した収益基盤からどれだけ利益を出し、新しい成長の柱を育てていくかに注目しています。
※1:EBITDAは、税金、利息、減価償却費を差し引く前の利益を示す指標です。企業の本来の稼ぐ力を示す指標として用いられます。
事業ごとの業績と展望|グローバル事業が成長を牽引している
NTTグループの幅広い事業は、いくつかの主要な部門に分かれています。全体の業績を理解するには、これらの部門ごとの実績と今後の見通しを詳しく見ることが大切です。特に2025年度の営業利益の変動予想は、グループ全体の成長を引っ張る部分と課題がどこにあるのかを浮き彫りにします。
事業セグメント | 2024/3 営業利益 (実績) | 2025/3 営業利益 (予想増減額) | 2026/3 営業利益 (予想) | 主な事業内容・分析 |
---|---|---|---|---|
総合ICT事業 | 9,660億円 | ▲545億円 | 9,115億円 | ドコモの携帯事業、法人向けITサービスなど 国内市場での競争激化やコストがかさんだことなどが影響している可能性も ドコモは法人事業で2025年度に2兆円の売上を目指している |
地域通信事業 | 2,970億円 | +15億円 | 2,985億円 | NTT東日本・西日本の固定電話やインターネット接続サービスなど 市場が成熟しており、大きな利益成長は期待しにくい状況 |
グローバル・ソリューション事業 | 5,220億円 | +1,982億円 | 7,202億円 | NTTデータグループが中心 海外での企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援やITサービスが好調 NTTデータグループ単独で2025年度に約1,981億円の営業利益増を見込んでおり、これが部門全体の成長を力強く後押ししている |
その他(不動産、エネルギー等) | 170億円 | ▲388億円 | ▲218億円 | 不動産やエネルギー関連など 事業の再編成や市場の変動、新しい事業への先行投資などが影響している可能性がある |
連結合計 | 1兆6,496億円 | +1,204億円 | 1兆7,700億円 |
部門別の見通しを見ると、NTTグループの成長を引っ張る構造がはっきりと分かります。 グローバル・ソリューション事業 が、グループ全体の利益を伸ばす最大のエンジンとなる見込みです。
NTTデータグループの好調な業績がこれを支えており、海外でのデジタルトランスフォーメーション(DX)の需要を取り込めていると考えられます。NTTデータグループ自身が2025年度(2026年3月期)に営業利益5,220億円という力強い成長を見込んでいることからも、この部門への期待の高さがうかがえます。
一方で、 総合ICT事業 は国内の通信市場での競争が激しいことや料金値下げ、5Gへの投資などが引き続き負担となり、利益が減る見込みです。ドコモを中心とするこの部門はNTTグループの中心であり続けていますが、新しい収益源を見つけることが急務です。 地域通信事業も市場が成熟しており、大きな成長は期待しにくい状況です。
この状況は、NTTが「国内の安定しているが成長が緩やかな事業」と「海外の高成長事業」という二つの側面を持っていることを示しており、グループ全体の成長は、海外事業が国内事業の停滞をどれだけカバーできるかにかかっています。また、 その他事業 での大きな減益予想は、主要でない事業の見直しや、将来の成長に向けたエネルギー関連などの新しい分野への戦略的な投資が影響している可能性も考えられ、その内容には注意が必要です。
株主還元:連続増配と大規模な自社株買い
NTTは、将来の成長に向けた大きな投資と同時に、株主への利益還元にも積極的に取り組んでいます。2024年度および2025年度の計画でも、その方針は明確です。
増配の継続
- 2024年度(2025年3月期)配当
1株当たり年間配当金は 5.2円(中間2.6円、期末2.6円(予定))となりました。これは、2023年度の5.1円から0.1円の増配です。(14期連続の増配を達成) - 2025年度(2026年3月期)配当予想
さらに0.1円増配し、1株当たり年間 5.3円を計画しています。
このような着実な増配は、配当による収入を重視する投資家にとって魅力的な要素です。NTTの配当政策は、急激な配当額の増加よりも、継続性と長期的な増配の実績を重視する、堅実で信頼できるものと言えるでしょう。
新しい自社株買いプログラム
NTTは、2025年5月9日に新しい自社株買い(会社が自社の株式を市場から買い戻すこと)の枠を設定すると発表しました。
- 取得上限株式数:15億株(発行済みの株式総数から自己株式を除いた数の約1.81%)
- 取得総額上限:2,000億円
- 取得期間:2025年5月12日から2026年3月31日まで
これは大規模な自社株買いであり、1株当たりの利益(EPS)を高めることを通じて株主価値を高める効果が期待されます。また、経営陣が自社株が割安だと考えているという市場へのメッセージにもなり得ます。実際、この発表も株価上昇の一因となりました。
項目 | 2024/3 (実績) | 2025/3 (実績) | 2026/3 (予想/計画) |
---|---|---|---|
1株当たり年間配当金 | 5.1円 | 5.2円 | 5.3円 |
自社株買い(総額上限) | ― | ― | 2,000億円 |
自社株買い(株式数上限) | ― | ― | 15億株 |
NTTは、IOWN構想のような将来への巨額投資(5年間で約3兆円規模)と並行して、増配や大規模な自社株買いという株主還元も積極的に行っています。
これは、NTTのしっかりとした財務基盤とキャッシュを生み出す力、そして計画的な資本の使い方を示していると言えるでしょう。
今後の見通し:2025年度(2026年3月期)は増収増益を予想
次に、NTTグループが発表した2026年3月期(2025年度)の業績予想を見てみましょう。全体的に明るい見通しが示されています。
- 営業収益(売上)予想:14兆1,900億円(2024年度実績に対し +4,853億円、+3.5%)
- 営業利益予想:1兆7,700億円(同 +1,204億円、+7.3%)
- 当期利益予想:1兆400億円(同 +400億円、+4.0%)
特に営業利益の伸び(+7.3%)が売上(+3.5%)を上回っている点は注目ポイントです。これは、コスト管理が進んでいるか、利益率の高い事業に力を入れている可能性を示唆しています。(どの要因がこの利益成長を後押しするのかは、後述する事業ごとの業績予想で説明します。)
この業績予想と後で説明する株主還元策の発表を受けて、NTTの株価は一時5%以上上昇(※)するなど、市場からは好意的に受け止められました。これは、成長の見込みと株主への還元策の両方が、投資家の期待に応える内容だったことを示しています。
※実際には決算発表前に大きく株価を上昇させていましたが、終値が153.8円で前日比+3.29%だったことから、決算の効果も大きいように伺えました。
NTTの今後の戦略的な取り組みと重点分野は?
NTTは、「新しい価値創造と地球のサステナビリティのために」というスローガンを掲げ、イノベーション、グローバル展開、そして持続可能性を重視した成長戦略を進めています。
IOWN(Innovative Optical and Wireless Network):次世代の通信基盤
そもそもIOWNとは?
NTTが進めている次世代の通信基盤構想です。これは、電気信号ではなく光技術を最大限に活用することで、現在のインターネットの限界を超えることを目指しています。
膨大なデータを一度に送受信できる、通信の遅延が非常に小さくなる、データセンターや通信ネットワークで使う電力を大幅に減らすことができるなどのメリットがあるようです。
IOWNの計画については以下の通りです。
- 構想と目標
IOWNは、光技術を最大限に活用し、現在のインターネットの限界を超える、超大容量、超低遅延、そして圧倒的な低消費電力を実現する次世代の通信基盤を目指す構想です。これは、電気信号ではなく光信号で情報をやり取りすることで、これまでの通信技術では難しかった革新的な世界を実現しようというものです。 - 進捗
2025年3月には、IOWNの主要技術であるIOWN APN(All-Photonics Network)上で、1秒間に1テラビット(Tbps)級という非常に大容量の光ネットワークを自動で設定し、すぐに使えるようにすることに成功するなど、具体的な技術開発が進んでいます。 - 社会への影響
データセンターや通信ネットワークでの電力消費を大幅に減らすことで、地球温暖化対策(カーボンニュートラル)の実現に大きく貢献することが期待されています。 - 投資
5年間で約3兆円規模の投資計画の一部が、IOWNや関連するデジタル事業に使われます。
IOWNはNTTにとって最も重要な長期戦略であり、通信だけでなく、コンピューターの分野や様々な産業に大きな変化をもたらす可能性を秘めています。この構想の成功は、NTTが次世代のテクノロジーリーダーになるための鍵となります。
グローバル戦略:成長市場への展開
NTTは、NTTデータを中心に、世界の市場での事業拡大と競争力の強化を続けています。グローバル・ソリューション事業の力強い利益成長の見込みは、この戦略が着実に成果を上げている証拠です。
約3兆円/5年の投資計画も、世界のデジタルビジネスの拡大を後押しします。
成熟している国内市場と比べて成長の余地が大きい海外市場、特にデジタルトランスフォーメーション(DX)やITサービスの分野での事業拡大は、NTTグループの収益源を多様化し、安定した成長を続けるために不可欠です。
サステナビリティ:事業と一体となった取り組み
NTTは、サステナビリティ(持続可能性)を単なる社会貢献活動としてではなく、事業戦略と一体のものとして捉えています。特にIOWN構想は、その圧倒的な省エネ性能によって、環境の持続可能性に貢献する柱として位置づけられています。
具体的な取り組みとしては4つの大きな柱が示されていますが、その詳細は現時点の資料からは明らかではありません。このようなESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する姿勢は、世界の流れとも合致しており、企業価値の向上にもつながるでしょう。
IOWN、グローバル戦略、サステナビリティはそれぞれ独立した取り組みではなく、互いに関連しています。例えば、IOWNの省エネ性能(サステナビリティ)は、世界の市場で採用される(グローバル戦略)ための重要なアピールポイントとなります。
設備投資(Capex)および研究開発費(R&D):成長の原動力
NTTは、デジタルビジネス、IOWN、デジタルツインといった分野に5年間で約3兆円という巨額の投資を計画しています。
この長期的な投資へのコミットメントは、NTTが技術的な優位性を保ち、IOWNのような革新的な技術を市場に投入するための強い意志を示しています。研究開発はIOWN関連技術に、設備投資はこれらの技術を実際に使えるようにすることやデータセンターの拡充などに向けられると考えられます。
これらの戦略的な取り組みは、NTTを従来の通信会社から、イノベーションとサステナビリティを核とする世界のテクノロジーソリューションプロバイダーへと変革させることを目指しています。データセンター事業も、AIやクラウドコンピューティングの需要拡大を背景に、IOWNによる省エネ化と組み合わせることで、安定した成長を引っ張る力となることが期待されます。
NTTの2025年3月期決算から、投資家が考慮すべき良い点・リスク
NTTの2024年度決算と2025年度業績予想、そして進行中の戦略的な取り組みを踏まえ、投資家が考慮すべき点をまとめます。
良い点
- 安定した2025年度業績予想
特に売上と営業利益の力強い成長が見込まれます。 - グローバル・ソリューション事業の好調
NTTデータグループが牽引するこの部門の高い成長性があります。 - 積極的な株主還元
14期連続増配(2024年度達成時)と2025年度の増配計画、そして大規模な自社株買いプログラムがあります。 - IOWN構想の将来性
革新的な技術開発による長期的な成長の可能性と、具体的な進捗が示されています。 - 市場からの好意的反応
決算発表前後の株価上昇が見られました。
考慮すべき点・リスクは?
- 国内総合ICT事業の課題
利益が減る見込みが示すように、国内の通信市場の競争環境は依然として厳しいです。 - 地域通信事業の成熟
大きな成長は期待しにくい状況です。 - IOWN構想の長期性と不確実性
大規模な研究開発プロジェクトには固有のリスクがあります。 - グローバル事業への依存度の上昇
NTTデータグループの業績や海外の市場状況に業績が左右されやすくなります。 - 「その他」部門の減益要因
事業の見直しや新しい投資からの収益が出る時期に影響される可能性があります。
まとめ
NTTは今、大きな変革の時期にあります。国内の従来の通信事業が市場の成熟という課題に直面する一方で、グローバル・ソリューション事業の拡大とIOWN構想という革新的な技術開発によって、新しい成長の道を描こうとしています。
2025年度の増収増益予想、特にグローバル事業が引っ張る営業利益の力強い伸びは心強い材料です。また、連続増配と大規模な自社株買いという株主還元策は、投資家にとって魅力的な安定性とリターンを提供します。
しかしながら、IOWN構想がビジネスとして成功するには時間がかかり、その間の研究開発投資の負担や技術的な課題は無視できません。また、国内事業の収益性低下をグローバル事業の成長で継続的に補えるかどうかが、今後のNTTの企業価値を決める重要なポイントとなるでしょう。
NTTは、その技術的なビジョン、世界の市場での展開力、そして現在の株主還元を評価する長期的な視点を持つ投資家にとって、引き続き注目すべき企業と言えるでしょう。NTTがこの変革期を乗り越え、安定した成長を実現できるか、今後の戦略の実行とその成果を注視していく必要があります。
本記事で参考にした資料
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- IRイベント・説明会 | 企業情報 – NTTドコモ
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- 2023年度決算 及び 2024年度業績予想について – NTTドコモ
- 2025年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結) – NTT Data
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