MS&ADインシュアランスグループホールディングス(以下、MS&AD)が2025年5月20日に発表した2025年3月期決算は、海外事業の好調や国内損保事業における収支改善策の進展などにより、経常利益・親会社株主に帰属する当期純利益ともに過去最高を更新しました。
一方で、国内生命保険事業の減収や、企業保険分野における保険料調整行為等に関するコンプライアンス問題への対応など、課題も残る決算となりました。
本記事では、MS&ADの2025年3月期決算の内容を、連結決算、セグメント別業績、財務状況、株主還元、そして今後の見通しといった観点から詳しく解説し、株価への影響についても分析します。
MS&ADの2025年3月期における連結決算の振り返り
MS&ADの2025年3月期の連結決算は、経常収益が前期比1.3%増の6兆6,608億円、経常利益が前期比123.1%増の9,289億円、親会社株主に帰属する当期純利益(以下、純利益)が前期比87.3%増の6,916億円と、大幅な増益を達成しました。
項目 | 2024年3月期実績 | 2025年3月期実績 | 前期比 |
---|---|---|---|
経常収益 | 6兆5,728億円 | 6兆6,608億円 | +1.3% |
経常利益 | 4,164億円 | 9,289億円 | +123.1% |
親会社株主に帰属する 当期純利益 | 3,692億円 | 6,916億円 | +87.3% |
正味収入保険料(損保) | 4兆2,617億円 | 4兆6,743億円 | +9.7% |
収入保険料(国内生保) | 1兆8,273億円 | 1兆6,403億円 | -10.2% |
増益の主な要因としては、海外保険子会社における正味収入保険料の大幅な増加(前期比23.8%増)や、国内損害保険事業における自然災害発生保険金の減少(前期比233億円減)、有価証券売却益の増加などが挙げられます。 特に海外事業は、MS Amlinの収益力回復やMS Transverseを通じた米国MGA市場の開拓などが奏功し、セグメント利益を大きく押し上げました。
一方で、国内生命保険事業は、三井住友海上プライマリー生命を中心に収入保険料が減少し、セグメント全体で10.2%の減収となりました。
また、企業保険分野での保険料調整行為等に関する問題を受け、ガバナンス強化やコンプライアンス徹底に向けた取り組みを進めています。
MS&ADのセグメント別の業績は?
MS&ADは、「国内損害保険事業(三井住友海上)」「国内損害保険事業(あいおいニッセイ同和損保)」「国内損害保険事業(三井ダイレクト損保)」「国内生命保険事業(三井住友海上あいおい生命)」「国内生命保険事業(三井住友海上プライマリー生命)」「海外事業(海外保険子会社)」の6つを報告セグメントとしています。
セグメント | 経常利益 (2024年3月期) | 経常利益 (2025年3月期) | 前期比増減 | 純利益 (2025年3月期) |
---|---|---|---|---|
国内損保 (三井住友海上) | 2,143億円 | 5,760億円 | +3,617億円 | 4,599億円 |
国内損保 (あいおいニッセイ同和) | 790億円 | 1,401億円 | +610億円 | 1,087億円 |
国内損保 (三井ダイレクト) | △20億円 | △17億円 | +2億円 | △17億円 |
国内生保 (三井住友海上あいおい生命) | 491億円 | 506億円 | +15億円 | 296億円 |
国内生保 (三井住友海上プライマリー) | △269億円 | 439億円 | +708億円 | 257億円 |
海外事業 | 1,570億円 | 2,312億円 | +741億円 | 1,844億円 |
国内損害保険事業(三井住友海上)
経常収益は2兆4,535億円、経常利益は5,760億円(前期比3,617億円増)となりました。 国内自然災害保険金の減少や、有価証券売却益の大幅な増加(3,320億円増)が主な増益要因です。 正味収入保険料も、火災保険や自動車保険を中心に堅調に推移し、3.4%増加しました。
国内損害保険事業(あいおいニッセイ同和損保)
経常収益は1兆7,100億円、経常利益は1,401億円(前期比610億円増)となりました。 こちらも国内自然災害保険金の減少や資産運用収益の増加が寄与しました。 正味収入保険料は、火災保険が大幅に増加(22.6%増)したことなどから、全体で4.5%増加しました。
国内損害保険事業(三井ダイレクト損保)
経常収益は393億円、経常損失は17億円(前期比2億円改善)となりました。 正味収入保険料は増加したものの、事業費の増加などにより、依然として損失計上が続いています。
国内生命保険事業(三井住友海上あいおい生命)
経常収益は5,438億円、経常利益は506億円(前期比15億円増)と、わずかな増益となりました。 収入保険料は減少したものの、資産運用収益の増加などが下支えしました。
国内生命保険事業(三井住友海上プライマリー生命)
経常収益は1兆6,494億円、経常利益は439億円(前期比708億円増)と、大幅な黒字転換を果たしました。 前期は金銭の信託運用損などで経常損失を計上していましたが、今期は資産運用収益が改善したことが大きく寄与しました。 ただし、収入保険料は13.0%の減少となっています。
海外事業(海外保険子会社)
正味収入保険料は1兆5,272億円(前期比23.8%増)、セグメント利益(純利益ベース)は1,844億円(前期比19.9%増)と、収益・利益ともに大きく伸長しました。 特にロイズ・再保険事業や米州事業が好調に推移しました。
MS&ADの財務状況はどうなった?
2025年3月末の総資産は26兆2,412億円(前期末比7,189億円減)、純資産は4兆528億円(前期末比4,607億円減)となりました。
項目 | 2024年3月末 | 2025年3月末 | 前期末比増減 |
---|---|---|---|
総資産 | 26兆9,602億円 | 26兆2,412億円 | -7,189億円 |
負債合計 | 22兆4,466億円 | 22兆1,884億円 | -2,581億円 |
純資産合計 | 4兆5,135億円 | 4兆528億円 | -4,607億円 |
自己資本比率 | 16.6% | 15.2% | -1.4pt |
総資産が減少したのは、主に有価証券の時価下落による「その他有価証券評価差額金」の大幅な減少(8,446億円減)が影響しています。 これに伴い、純資産も減少し、自己資本比率は15.2%と前期末から1.4ポイント低下しました。
キャッシュフローの状況
営業活動によるキャッシュ・フローは6,601億円の収入、投資活動によるキャッシュ・フローは5,587億円の支出、財務活動によるキャッシュ・フローは6,595億円の支出となりました。
項目 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 増減 |
---|---|---|---|
営業活動による キャッシュ・フロー | 5,494億円 | 6,601億円 | +1,107億円 |
投資活動による キャッシュ・フロー | -2,768億円 | -5,587億円 | -2,819億円 |
財務活動による キャッシュ・フロー | -2,315億円 | -6,595億円 | -4,280億円 |
現金及び現金同等物の 期末残高 | 2兆7,337億円 | 2兆2,394億円 | -4,942億円 |
営業活動によるキャッシュ・フローが増加したのは、税金等調整前当期純利益の増加や責任準備金等の増減額の変動などが主な要因です。
投資活動によるキャッシュ・フローの支出が増加したのは、有価証券の取得による支出が増加したことなどが影響しています。
財務活動によるキャッシュ・フローの支出が増加したのは、自己株式の取得(2,508億円)や配当金の支払い(1,905億円)などが主な要因です。
これらの結果、現金及び現金同等物の期末残高は前期末比で減少しました。
主要財務指標(ROEなど)
指標 | 2024年3月期 | 2025年3月期 |
---|---|---|
ROE | 9.8% | 16.3% |
ROA | 1.6% | 3.5% |
親会社株主に帰属する当期純利益の増加により、ROE(自己資本利益率)は前期の9.8%から16.3%へと大幅に改善しました。 ROA(総資産利益率)も1.6%から3.5%へと改善しています。
MS&ADの株主還元(配当、自社株買い)はどう?
MS&ADは、株主への利益還元を重要な経営課題と位置づけています。 2025年3月期の年間配当金は、前期比15円増の1株当たり145円となりました。 これは、2024年4月1日付の1株を3株にする株式分割を考慮した実質的な増配となります。
さらに、2026年3月期の業績予想に基づき、年間配当金を1株当たり155円(前期比10円増)とする予想を発表しており、増配基調を維持する方針です。
また、当期においては約2,508億円の自己株式取得を実施しており、株主還元への積極的な姿勢がうかがえます。
MS&ADの今期(2026/3)の見通しと戦略について
MS&ADは、2026年3月期の連結業績予想として、経常利益8,060億円(前期比13.2%減)、純利益5,790億円(前期比16.3%減)を見込んでいます。
項目 | 2025年3月期実績 | 2026年3月期予想 | 前期比 |
---|---|---|---|
経常利益 | 9,289億円 | 8,060億円 | -13.2% |
親会社株主に帰属する 当期純利益 | 6,916億円 | 5,790億円 | -16.3% |
正味収入保険料(損保) | 4兆6,743億円 | 4兆9,160億円 | +5.2% |
収入保険料(国内生保) | 1兆6,403億円 | 1兆4,690億円 | -10.4% |
1株当たり当期純利益 | 445円52銭 | 383円12銭 | – |
減益予想の背景には、前期に大きく貢献した有価証券売却益の反動減や、国内自然災害発生保険金を平年並みに見込んでいることなどがあります。 一方で、正味収入保険料は国内損保、海外事業ともに増加を見込んでおり、本業の収益力は引き続き堅調に推移すると予想されます。
戦略面では、中期経営計画(2022-2025)の最終年度として、「Value (価値の創造)」「Transformation (事業の変革)」「Synergy (グループシナジーの発揮)」の3つの基本戦略を引き続き推進します。
具体的には、国内損保事業における収支改善策の継続、海外事業のさらなる拡大、デジタル技術を活用したリスクソリューションの提供、そして政策株式の削減加速などに取り組む方針です。
また、コンプライアンス問題への対応として、「お客さま第一の業務運営」「ガバナンスの強化」「コンプライアンス」を基礎としたビジネススタイルの変革を進めていくとしています。
決算内容や今期の見通しで、株価はどうなる?
今回の決算発表と今期の見通しは、MS&ADの株価にどのような影響を与えるでしょうか。ポジティブな要因とネガティブな要因に分けて考察します。
株価にポジティブな影響を与える要因
株価にポジティブな影響を与える要因として、以下の5点が考えられます。
- 過去最高益の達成
2025年3月期決算で経常利益、純利益ともに過去最高を記録したことは、収益力の高さを証明しており、市場から高く評価される可能性があります。 - 大幅な増益とROEの改善
純利益が前期比87.3%増と大幅に伸び、ROEも16.3%へと改善したことは、資本効率の向上を示しており、投資家にとって魅力的です。 - 海外事業の好調
海外事業が収益・利益ともに大きく伸長しており、今後の成長ドライバーとして期待されます。 - 積極的な株主還元
増配基調の維持と大規模な自己株式取得は、株主還元への強い意志を示すものであり、株価の下支え要因となり得ます。 - 国内損保の堅調な見通し
2026年3月期も国内損保の正味収入保険料は増加を見込んでおり、安定した収益基盤が期待されます。
株価にネガティブな影響を与える要因
株価にネガティブな影響を与える要因としては、以下の5点が考えられます。
- 今期の減益予想
2026年3月期は減益予想となっており、これが市場にネガティブに受け取られる可能性があります。 特に、前期の好決算が一時的な要因(有価証券売却益など)に支えられていた側面があるとの見方が広がる可能性があります。 - 国内生保事業の苦戦
国内生保事業、特に三井住友海上プライマリー生命の収入保険料が減少傾向にあることは懸念材料です。 - 純資産の減少と自己資本比率の低下
有価証券評価差額金の減少により純資産が減少し、自己資本比率が低下したことは、財務の健全性に対する懸念を招く可能性があります。 - コンプライアンス問題
企業保険分野での保険料調整行為や情報漏えい問題は、企業のレピュテーションリスクとなり、今後の事業展開や当局との関係に影響を与える可能性があります。 - 自然災害リスク
日本国内における自然災害の発生状況は、損害保険会社の業績に大きな影響を与えます。今期は平年並みの発生を見込んでいますが、想定を超える大規模災害が発生した場合は業績を下押しする可能性があります。
まとめ
MS&ADの2025年3月期決算は、海外事業の力強い成長と国内損保の収支改善により、過去最高益を達成するというポジティブな内容でした。積極的な株主還元も好感されるでしょう。
しかし、今期の減益予想、国内生保の課題、そしてコンプライアンス問題への対応など、株価の上値を抑える可能性のある要因も存在します。
今後は、中期経営計画の着実な実行による持続的な成長、コンプライアンス体制の再構築による信頼回復、そして自然災害リスクへの適切な対応が、MS&ADの企業価値向上と株価形成の鍵となるでしょう。投資する際には、これらのポジティブ・ネガティブ両側面を注視していく必要があります。
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